多摩美のこと1

卒業シーズンである3月下旬、多摩美の卒業式の卒業証書授与にて披露されたMADMAXを模したパフォーマンスがインターネット上で話題になった。



これは毎年卒業式にプロダクトデザイン学科が率先して行っている、いわば伝統のような催しである。昨年のスターウォーズを覚えている人も多いだろう。



私が学部生だったころの卒業式ではガンダム、大学院修了時の卒業式は21世紀少年だったと記憶している。ガンダムをネタにしたときはもっとささやかな場を盛り上げるための一発芸という印象だったが、大学院修了時の21世紀少年はもう少し手が込んでいたものになっていて驚いた記憶がある。そして昨年のスターウォーズ、今年のMADMAXの卒業式の完成度は単なる一発芸の範疇を超えてさらに高くなっていた。


このパフォーマンスはインターネット上の反応をみる限り、概ね好評だった。
セレモニーの催し物としては水準を超えた完成度の高さで仕上げていることに加え、MADMAXというそもそもケチをつけること自体がバカバカしくなるほどテンションの高い作品を選んだことも理由であるだろう。


一方で、近年の武蔵美の卒業式はどうであろうか。以下は武蔵野美術大学平成26年度卒業式の様子である。
http://www.musabi.ac.jp/outline/pr/movie/special/detail/24898/


オープニングの演出、手の込んだ舞台など、セレモニーとして多摩美よりも統一された印象を受けるのではないだろうか。


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多摩美とは違いどうやらこの武蔵美の式典は教授たちによる演出の協力のもとに成り立っており、この舞台は翌月の入学式にも繰り越して使用されているとのことである。そもそもの事情が多摩美とは異なっているので、多摩美と武蔵美その優劣は一概に比べられるものではなく、私自身も武蔵美のほうが優れているという話がしたいわけでもない。


しかしこのふたつの学校の式典を比べたときの差異は示唆的である。
私の主観的な立場から分析すると、ここに多摩美という大学の校風が現れているのではないかと感じるのである。


多摩美の卒業式で行われるパフォーマンスには元ネタとなる作品が存在しており、やや言葉が悪く感じられるかもしれないが、多摩美の卒業式は例えばテレビでやっているモノマネ番組と同様のエンターテイメント性で盛り上がっているのである。


確かに現実感のないMADMAXという作品を現実で再現することはチャレンジングであるし、イモータン・ジョーに思えた人物が実は袴を着た学科代表の女性だった、というアレンジには思わず驚いてニヤリとするユーモアを感じるにせよ、それはやはりMADMAXの世界観ありきのユーモアなのだ。


私は卒業式には当事者として参列した2回しか参加したことがないので、私が卒業する以前の多摩美の卒業式がどうだったかということもわからない。しかし毎年このシーズンにウェブ上げられる卒業式の映像(他のバリエーションとしては 2010年のアバターを発見)を見る限りでは、こういったパフォーマンスは少なくとも10年近くは継続的に披露されている伝統なのであろう。


私がいくつか目にした卒業式でのパフォーマンスを見る限り、この伝統は「ネタとなるコンテンツ」を探して「作品のエッセンス」を抽出し、持ち前の技術を生かして表面をそっくりに仕上げる、という半分プロセス化した製作手順に則って作られていると感じる。


ここで生かされているクリエイターとしての能力は0を1にすることではなく、1を10にする力であるともいえるだろう。ないものを生み出すのではなく、あるものを磨きあげるという力だ。


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表層を真似ることをフックとして人々を楽しませることは、先ほどのモノマネ番組同様、私たちの生活において普段からよく目にすることができる。youtubeでは素人たちがアニメのオープニングムービーをコピーした動画を散見することができるし、ハロウィーンやコミックマーケットをはじめとしてコスプレはすでに文化として一定以上の市民権を得ており、それ自体は珍しいことではない。


例えば近年、金沢美術工芸大学は仮装の卒業式でたびたびニュースの話題として取り上げられている。



映像を見る限りアニメや漫画のキャラクターに仮装した学生が散見できるが、金沢美術工芸大学の場合は個人で仮装の程度を決めており、なかには自然物、食べ物、特定の職業などの仮装も確認でき、ある程度ジャンルは分散している。こちらは他者に向けたエンターテイメントというよりは、各個人が楽しむ一般的な仮装パーティーといった様相である。仮装の他には特に大掛かりなパフォーマンスをすることはなく、牧歌的に仮装を楽しんでいるようだ。


このように武蔵美や金美と比較して、多摩美のMADMAXの卒業式で私が興味深く感じているポイントは、一般的にはクセのある、強い作家性が求められそうな美術大学の卒業式の場において、多摩美の卒業生が音楽まで含めてMADMAXを再現していることだ。


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多摩美術大学といえば昨年、オリンピックエンブレムで話題になった美術大学でもある。
あの出来事以降、ひとりの多摩美のデザイン科の卒業生として、そして美大を取り巻く業界で働いていたひとりとして、おそらく他の(元)多摩美生と同様に心の中でモヤモヤとしたものを抱えており、このMADMAXを模した卒業式の映像は、この数ヶ月間私が考えていたことをこうして文章にするきっかけとなった。そのあたりのことをこの回を含めて2〜3回程度に分けて書きたいと思う。


各種SNSで拡散できる昨今とはいえ、基本的には卒業式は非公開であるから、いちいちこうした意見で卒業式展参列者やパフォーマンスを行った当人たちを不快にさせることは本意ではないし、各大学、各卒業式、各学生の優劣を述べたいわけでもない。


そしてプロダクトデザイン学科に在籍する学生自体がそもそもスターウォーズやMADMAXというディティールにこだわった作品を愛しており、そのリスペクトが最後にああいった形で表出しているだけだという話で終わらせることもできることは承知のうえである。


この文章を書く理由は、あくまであのパフォーマンス映像を契機として、多摩美や美大受験、その他周辺事情について書きたいことが私のなかに出てきてしまったということである。あのパフォーマンスの価値や、卒業生たちを貶めようという意図は全くないということを強調しておきたい。

無題

先日、多摩美術大学グラフィックデザイン学科の元教授である佐藤晃一氏の訃報を聞いた。多摩美を退職されたのはつい1,2年ほど前のことだったはずで、あまりに突然の訃報に驚いてしまった。





グラフィックデザイン学科を象徴する先生だったと思う。

自分が学生だったころからグラフィックデザイン学科に在籍する学生はことあるごとに「佐藤先生が〜」という言葉を口にするので、他科の学生は、たとえ彼のことを知らなかったとしても、自然と名前を覚えてしまうくらいだった。

自分はグラフィックデザイン学科ではなかったので、学生としては大学院時代にグラフィックデザイン概論という授業で何度か講義を聞いたくらいしか接点がない。それでも独特の口調で発せられる率直で切れ味のある言葉と、グラフィックデザインに対するぶれない考え方、そしてたまに見せる茶目っ気は魅力的で、グラフィックデザイン学科の学生たちが、デザイナーとして、そして教育者としても彼を尊敬するのはじゅうぶんに頷ける話だった。





私は彼に対して学生というよりも、予備校講師として接したほうが多く、そして記憶に残っている。

佐藤氏が多摩美の教授になってからの20年間でゆるやかにグラフィックデザイン学科の色彩構成の傾向は変わっていった。

端的に言えばそれまでのイラストレーションのような色数と手数の世界から、色彩と構成をシンプルにまとめたものへと変化していったのだ。手数勝負ではなくなったぶん、求められるアイデアと作業精度のクオリティも高くなっていった。2003年からは文字に対する感覚を見極めるため、見本の書体を与え、レタリングを課すようにもなった。それは一般的な高校生が考えうるグラフィックデザインの価値観のレベルを超えている、高度で挑戦的な入試問題だった。

グラフィックデザイン学科出身ではない私が、グラフィックデザイン学科への進学を希望する学生へ向けて受験対策を考えるとき、彼の言葉をほとんど唯一の手掛かりとしてグラフィックデザインというものにアプローチしていったと言っても過言ではない。毎年彼が中心となって多摩美のグラフィックデザイン学科の色彩構成の入試問題を考えていることを考慮すれば、それは必然的なことだった。

多摩美で行われる入試説明会ともなれば、彼の登壇する入試説明会に足を運び、作品の評価につながりそうな言葉を逐一メモして何度も読み返したものだし、個別相談会では予備校で指導している学生とともに彼が座っている列に並び、一緒に講評を受けたこともあった。グラフィックデザイン学科出身の講師からは「毎年同じことを言っている」という意見を聞くこともあったが、目の前の作品が、彼の目にはどう映っているかを聞くことはやはり刺激的で勉強になった。

ときに自分の価値観とはまったく合わない評価をすることも含めて、佐藤晃一先生からは平面デザインの見方、そして創作者としての哲学を勉強させてもらったと思う。多摩美のグラフィックデザイン学科出身でもなく、直接作品の指導を受けたこともない自分がこういう文章を書くのは非常に恐れ多いことなのだが、予備校講師時代、10年以上にわたって毎年のように受験に関してのお話を伺わせてもらっており、その記憶を書き記しておきたいと思った次第、お許し願いたい。佐藤晃一先生のご冥福を祈る。







リスボン⑥

リスボンは物価が安くて街もおだやかでいい感じ。なんでリスボンまで行ったかというと、インスタグラムで外人の芸能人がリスボンの写真をあげていて、いい雰囲気だな、と思ったからです。

最終日は街を散策。靴下を買ったりお土産を買ったり。
ポルトガルって服の工場とかがあったりして靴下なんかも安くてなかなか質がいいです。

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美術館だと積極的に写真撮るのに、町歩きとかそういうのになると途端に撮らなくなる男です。


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ポルトガルって、枯れた赤とか緑色のイメージ。


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コロッケ的な。4?5?ユーロくらいして観光地価格的なところはあるけど、熱々でチーズがたっぷりで食べ応えありました。お酒に合いそう。


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さよならポルトガル、さよならヨーロッパ。楽しかったよ。貯金消えたけど。


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おみやげのポートワイン。すごい甘くてデザートみたいな感覚で飲みやすい。でもアルコール度数は20%前後と高め。高いやつは高いけど、1本1000円〜1500円あれば買える。なかなか日本で飲む機会の少ないお酒なので、おみやげにオススメです。


いちおうこれで11月の旅行の記録は完です。雑。
まじで写真どうにかしたいわ。

リスボン⑤

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美術館の帰り道。
駅の自動券売機で切符を買うと、レシートが有無を言わさず出てくる。
それでレシートが出てくるんだけど、ほとんどの人はいらないし、レシートを受け取るトレーもなければゴミ箱もない。
だからどんどんいらないレシートが床に溜まっていく。
デザインって大事だなー、と思った次第。


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ホテルにチェックイン。
この旅行でいちばんいいホテル。
日本から持ってきたどん兵衛をついにここ最終の地リスボンで。
でも備え付けのポットがなくて、Nespresso的なコーヒーメーカーをどうにかこうにかさせてお湯を沸かしました。



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服を脱いでたらいきなりノックする音がして「何!!」と思ったらルームサービスで水とぶどうが運ばれてきた。水とぶどう…?組み合わせが微妙ならぶどうの味も微妙。なんとなく嬉しかったけど。


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夜の街を散策しつつ。


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クリスマスマーケットでサングリア飲んだりしつつ。これ可愛らしい見た目だけどアルコール度数高くてエグいです。


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んでミラノで会った同級生と落ち合い、夕食をとりがてらファドという民族音楽を聞きに行き、その後さらに飲みにいく。私、あまりにひどい顔していましたので、モザイク大きめにかけさせていただきました。


たぶん次回で終わります。
美術ネタなし。

リスボン④

ベラルド近現代美術館、驚くべきことにエントランスフリーでした。もちろんクロークも無料。太っ腹すぎる。


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フランクステラの作品の前で話を聞く子供達。


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コスス(とアート&ランゲージ)の作品がちゃんと飾られてて良かった。コススの作品ってだいたい企画展とかで他の作家の作品と一緒に並べられたりするでしょ。だからこうやってコスス(とアート&ランゲージ)の作品が複数並んでるって状況はなかなか珍しい気がする。


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カンディンスキーの抽象画から現代の有名な作家の100年分の作品を一通り集めましたって感じの美術館。有名な作品はあんまりないし、個別の作家を深く研究するわけでもないんだけど、とにかく主要な作家は網羅している。ここにくれば100年ぶんの西洋美術史が作品とともにおおまかに勉強できる。

企画展でスタン・ダグラスの個展がやってたけど、これは撮影不可でしたねー。


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これも作品だった気がする。1ユーロでコーヒーが飲める。買った。


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ポスター展もやってた。古いポスターがたくさん。グラフィックやってる人に見せてあげたいなー。