2010 年 3 月

福田繁雄のヴィジュアル・ジャンピング



銀座のgggで「福田繁雄のヴィジュアル・ジャンピング」展を観てきました。
(会期は3月28日で終っています。このあとは大阪のdddや福島のccgaに巡回するそうです。)

福田繁雄…。
自分が受験生の時、予備校の自由に閲覧できる図書コーナーに福田繁雄の作品集があった。というか、グラフィック関連での資料というと、福田繁雄くらいしかなかった。
そのころは田中一光も亀倉雄作も知らず、なのでグラフィックデザイナーといえば福田繁雄しか知らなかったので、「どうやって平面構成にいかせばいいんだ?」「こんなのぜんぜん役に立たない!」とかなり葛藤した記憶がある。

講師となったいまなら予備校の平面構成も「福田繁雄でもいいんだ」と思えるし、福田繁雄的エッセンスを利用して平面構成を描くことは想像できるけれど、受験生からみれば福田繁雄の視覚的なトリックと、装飾的なエレメントを省いた単純明快な画面は、普段の課題のなかでとうてい真似できるモノではありませんでした。

で、予備校講師になってからじつは講師室に亀倉雄作やらの作品集があることを知りました。
もっと見せて欲しかった….。
まあ当時の自分には良さもよくわからなければ、興味も持たなかった可能性はあるでしょうが。

いま自分が(どちらかといえば)資料や本を見せるタイプの講師なのは、こういった自分自身の経緯があるからです。

展示はすごく良かったですね。ほぼ全ての作品は本で縮小印刷した状態でしかみたことがないので、オリジナルのポスターを原寸大でみると驚きと迫力があります。田中一光の展示同様、インクの発色がとても綺麗でした。インクジェットプリントと比べれば、シルクスクリーンプリントにはアウラがあります。

上の画像は今回の展示カタログの表紙に使われているグラフィックなんですが、「六本木クロッシング2010」のカタログの表紙も黄色くて、いま目の前がチカチカしています。

六本木クロッシング2010 芸術は可能か?



森美術館「六本木クロッシング2010 芸術は可能か?」に行ってきた。
六本木クロッシングは3年ごとに開催されて、今回が3回目。
1回目は情報芸術コース絡みの人たちもわりかしキュレーターや作家として参加してましたよね?でも私は1回目を見てません….。

というわけで私にとっては2回目の六本木クロッシング展だったんですが、前回、前々回よりも出展作家数はぐっと抑えられていますね。過去2回分で93組のアーティストが参加していて、今回は20組。作家数が多すぎても疲れるので、今回くらいがちょうどいいかもしれません。選出の際デザイナーや建築家も除外したそうです。

展覧会としてすごく楽しかったです。ちょっとここ数日は表現についてかなりネガティブに考えていたんですけど、パワーがある作品が多くて、やる気をもらえました。いや、本当に久々ですよ。「いいな」を越えて「頑張ろ」ってやる気をもらえる展示は。

ギリギリだなって作品がいくつかあった。
ギリギリっていうのはスタイリッシュな「アート」ではなくて、日本で表現することのグロテスクさを含んでいるいわゆる日本の「芸術」のギリギリさ加減が刺激的でした。個人的に「ギリギリだなー」と思ったのは

・CDジャケットを手書きで複製した相川勝
・本人がロッカーから出てきてパフォーマンスする雨宮庸介
・既製品を組み合わせて音の出るマシン(?)をつくる宇治野宗輝
・社会の周縁で生きる人にスポットをあて、現実とも虚構ともとれる映像の八幡亜樹
・在日韓国人との結婚をテーマにした高嶺格

どれも芸術だったと思う。真剣さと力強さと悲しいくらいの滑稽さ。そういうものがあった。


にしても
入館料1500円+カタログ2500円+六本木で昼食1200円=美術鑑賞1回5200円か…..(白目)
入館料1000円とカタログ1500円くらいだったら、まだそんなもんかって感じなんだけど。

あ、でもカタログ(2520円。高い。)の冒頭に掲載されているキュレーター3人の文章がそれぞれ良いです。すごく真剣です。読むとさらにこの展示の意味が理解できると思います。

弥栄高校ARTLIVE校外公演

神奈川県立弥栄高校のアートライブの公演を観に行きました。
弥栄高校はわたしが非常勤講師をしている学校で、美術コースがある県立高校です。
(↑こういう情報を書いていいのか、この時代は本当に迷う)



アートライブとは、ダンスや映像、衣装、音楽など学生が主体となってつくりあげるアートでライブなパフォーマンスです(ざっくり)。

アートライブを発案されたY先生は、わたしの通っていたA高校の美術の先生でした。
わたしがA高校の学生のころにアートライブはスタートしたので、だいたい歴史としては10年くらいでしょうか。といっても、わたしは学校行事をやる気のない高校生だったので、在学中は参加したことも観たこともありませんでした。

わたしが高校を卒業したのと同じくらいにY先生は弥栄高校に異動されて、弥栄高校でも引き続きアートライブの活動をされています。そして、どういうわけかわたしも同じ高校の非常勤講師になったので、10年目にして初めてアートライブをみることにしました。


いやー、高校生すごいっすね。
進行や機材などで未熟だなってところはあっても、パフォーマンスとして形にしてますからね。
歌もダンスも上手です。
若いっていいなと感じさせられます。
とくに一番最初のコンテンポラリーっぽい動きは高校生っぽくなくて、あわや高校生がローザスピナバウシュでも始めるのかと思いました。

映像と生身の人間のシンクロ具合なんかはダムタイプを彷彿とさせましたね。というか、CGがいい感じに80年代後半〜90年代初頭のまさに「コンピューターグラフィックス」という岩井俊雄、高城剛、原田大三郎的な世界観なんですね。ウゴウゴルーガの始まる寸前の時代フジテレビの深夜番組みたいな。なんだか新鮮でした。


多摩美の情報デザイン学科の教授の森脇先生も来ていました。
弥栄高校から情報デザイン学科に進学する人は毎年いて、しかもその人たちはみんな大学に入ってからも優秀なんだそうです。なので、大学としても弥栄高校の人にどんどん来て欲しいので、こんど弥栄高校に説明に来るとか来ないとか…..(曖昧にしておきます)。実際、弥栄高校の人は情報デザインの芸術コースに向いてそうな人も多いですしね。ジャンルを横断して考えられる人が多いので。

にしてもY先生も森脇先生も、自分が習っていた先生なんですよね…。
それが大学を卒業後、こうした場所で繋がっていくのはものすごい不思議です。
美術の世界は本当に狭い。

GEISAI私感

展示してみて、いろいろ考えることが多かったです。

ただ、GEISAIがどうだったかって率直にいえば意外と盛り上がってないなっていう。
(賞でもいただけたらまた違う感想になるとは思うんですがね!)

だって開催前のTwitterの盛り上がりったらすごい熱気だったじゃないですか?
カオスラウンジがどうとか。
Twitter始めたばかりの村上隆もバンバン書き込みして。
きっとすごいんだろうな、日本の美術界が変わるんだろうな、っていう期待があったんです。

でも現実は、あの、失礼かもしれないですけど、カオスラウンジのステージはデパートの屋上の漫才ショーみたいな感じで、そこまで盛り上がってはなかったですね。

村上隆も出品者ブースなどをあまり見て回ってなかった印象だし。少なくとも、展示中に自分のブースがあるエリアの周りで姿は見なかったです。GEISAIの最後の締めの言葉にも村上隆は出てこなくて、なんともグダグダな終りかただなと(私は)感じました。GEISAIを通して、Twitter(を含めるWeb全般)と現実の差というのを実感しました。

なんでしょう、日本で美術をやっている限り、規模の大小の差はあるにしろ、それは内輪ノリなのかもしれません。結局こういう現状に吐き気を覚えることができる人が、海外に出て行って成功するというパターンなんでしょうか。

GEISAI#14反省会

もはや1週間以上前になりますが、GEISAI#14に出品してきました。
出品といっても、名刺を配りながら来場者と話しただけですが。


強引にトリミングしてみました


今回、わたしがGEISAIに出してみようと思ったのは

・無審査
(お金さえだせばどんな作品でも出せる)

・比較的、安価
(出品料の2万7000円をどう考えるかによるけれど、いきなり貸しギャラリーを15万円で借りるよりかは敷居は低い)

・身内以外の人がたくさんくる
(内輪ノリで展示をするのもアレなので)

大学を卒業し、(半)社会人として1年間働き、やっぱりなんかしら創作はしたほうがいいな、と感じていたので始めの一歩としてちょうど良いのかな、と。

申し込みをしたのは1月の後半くらいでしょうか?
GEISAI#14の直前まで仕事(予備校)が繁忙期ということはわかっていたので、「来た人と話すだけ」という作品にするのはなんとなく決めていました(楽だから)。いちおう、ちょうど1年前に展示した大学院の修了の作品も最終的にはそんな感じでした。



こんな感じでした。箱の中に入って…まぁ、よくある系です。


「話すだけ」ということに関しては実際自分でもどうかな〜と思いつつ、昨年の大学での展示では
「美術大学以外の美術に興味を持っている編集者」
「美大に知り合いは特にいないけど面白いことに興味がある税理士」
「教育学部で美術教員の資格は取って美術教師をしているけれど実制作はあまりやったことがない先生」
「韓国から多摩美に留学してきたけど日本人があまり議論しないことにフラストレーションが溜まっている留学生」
など色々な人と美術について話すことができ、発展性はありそうだと感じていました。


で、今回はじめてGEISAIという場所で、そして自分で場所を借りて展示をして、反省することばかりでしたね。本当に。以下、作品に対しての反省点です。

・「話すだけの作品です」と記述してあるボードはあったほうが良かった。
昨年の作品では黒板に「これは私と話すだけの作品です」と書いていたので、知らない人でも話しかけやすかった。今回はそういうのナシだったので、端から見たら「ただブースに座っている人」に見えてしまった。


・外観をキャッチーに装飾していくか、または削ぎ落としていくか。
「話す」というテーマに対してかなり中途半端な見せかたになりました。なるべく多くの人が興味を持って話しかけて欲しいなら「外観にこだわる」か「自分ひとりがその場に立っている」か、どちらかに振り切るべきでした。

「外観にこだわる」というのは、つまり「人と会話を生み出すための装置」をつくるということですね。その装置をきっかけとして、コミュニケーションがうまれるようにする、と。昨年の作品はこの見せかたでした。
「自分ひとりがその場に立っている」というのはかなりギリギリの表現になります。アブナい人になる可能性が大きいです。でも本当に「会話」を作品として成立させるということになると、こちらのほうがギリギリなぶん、強さはでそうな予感はします。ただし自分にやりきれるかというと….イメージがわかない部分もあるのでよく考えたいと思います。

まあ、つまるところ準備不足ですね。なめてました。すいません
はい。反省です。


あとはGEISAIという場所で出展するにあたってわかったこともあります。

・規則はあんがいユルいかも
申し込む時は自分のブースから1cmでもはみ出したら怒られるのかと思っていたけど、そこらへんはごまかしようなのかなと思いました。もちろん作品がブースから著しくはみ出してるのはアウトだけど、作家自身は境界線上やブース外で呼び込みしてもセーフかなと。


・作品はしっかりつくるに限る
GEISAIで観客に見てもらえる、審査員に評価される作品は、基本的にはやっぱりしっかり作っているものですね。もしそういうことを狙っていくならば、あまりコンセプチュアルなものは向いてないような気がします。観賞に堪えうるブツさえしっかりあれば、空間的な意識はそこまで持たなくてもいい感じはしました。フリーマーケット的です。


・だれが会場に足を運んでいるか
自分が実際に会話したときに「なんでGEISAIに来たのか」ということをほとんどの人に聞いてみました。
いちばん多かったのは「自分も出品しているから」「友達が出品しているから」「友達の搬入の手伝い」という出品者関係。

社会人で訪れている方も多かったです。とくに美大などを出ているわけでもなく、会社員をしながら制作をしている人が案外多くて「みんな作るの好きなんだな….」と他人事のように思ってしまいました。

大学生は美大のほかに、早稲田大学のかたも2~3グループいらっしゃいました。

地方から来場された方もいました。岩手や岐阜や広島….あとどこだっけな。全国的に認知されているんですね、GEISAI。

ある程度年齢が上の男性の方々は「ギャラリー関係者」「コレクター」でした。いちばん気さくに話してくれたのが、アッパー40才の男性たちでした。デザインやアート関係の方々が多かったので、芸術方面の知識も豊富でした。自分の「話すだけ」という作品のコンセプトも難なく受け入れてくれた印象です。

あとは….デザインフェスタの下見ですって方も数グループいましたね。わたしは「GEISAI」の空気を今回なんとなく知ることができたのですが、「デザフェス」は参加したことがないので比べられませんね。しかしGEISAIに参加している人は「デザフェスと一緒にしないで!」と思っているハズだと思います。たぶん。


で、GEISAIの個人的な良い点と悪い点としては

・気軽に出展できて良い
・不特定多数の人が訪れるのが良い
・搬入や準備が自分のペースでできないのが大変
・審査員になんとなくムカつく一瞬がある
・なんかすごい虚しくなる瞬間がある


そんな感じでした。次回も出すかどうかは…..未定です。