多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業制作展

土曜日、恵比寿に多摩美術大学グラフィックデザイン学科の卒業制作展を見に行きました。

感想は…。んー、もはやなにも言えないです。
多摩美のグラフィックデザイン学科という場所は、ああいう場所なのでしょう。
「世の中にすでにありそうなもの」「どこかでみたなにか」をハイクオリティで仕上げる、と。

完成度はとても高いです。でも多くの作品はそれだけです。
感心はする。でも感動はしない。

以下は個人的に気になった部分です。

・インクジェットでプリントしてパネルに貼る以外、方法はないのか。
・パクリは意識的にやるよりも、無自覚であるほうがより悪質である。
・たとえば海外の広告作品に見受けられるような社会風刺やユーモアといったものはほとんど見受けられなく、ただ表面をそれらしく(葛西薫、浅葉克己、菊池敦己、服部一成….のように)整えた作品が多かった。
・鑑賞者は、作品を言い表わす言葉として「かわいい」「きれい」「これ好き〜」以外の語彙も勉強したほうがいい。

これらのことは数年前から感じてきたことですが、今年はさらにそれらが極まっている印象です。
個人の作品をディスってるわけではなく、全体の印象です。作品のひとつひとつには、そこにかけられた手間や愛情や苦労を見つけることができるし、自分にはそれを否定するなんてできません。あくまで学科の方針にクエスチョンがあるだけです。


といいつつも、この「大島美術学院」のロゴはグラフィックデザイン学科の人が考えてくれたものだし、個人的には満足しています。グラフィックデザイン学科は、教育ではなく実践的スキル習得の場なのでしょう。彼ら彼女らは企業の中で、与えられた時間内で、徹夜も厭わず、きちっとしたものを作るのだと思います。信頼感はあります。



ところで最近、3月11日の村上隆のTwitterでの発言を読み返しては考えています。

「アートって何ですか?そこが問題だお〜。。。ほんとうはね。このままゆくと日本グラフィック展出身の人がアートとグラフィックを混同して、外国の作家作品を模倣して行く、、というそう言う方向には行ってほしくないなぁ。」

日本語がぶっ壊れているのでいろいろな捉え方ができそうですが….。
この先の話はとりあえず保留ということで。

多摩美術大学情報デザイン学科芸術コース「卒業制作展」

いま記事を書こうとして気がついた。
今年の情報デザイン学科芸術コース(以下、情芸)の卒業制作展って、「卒業制作展」なんですね。毎年なんかしらのタイトルやテーマが設定されるけれど(自分たちの時だったら「No Map」とか)、サイトをみてもそういう記述は一切なし。多岐にわたる作品群を、もはやひとつの言葉で括ることに限界がきたということでしょうか。いさぎ良いです。(今確認したら、テキも特に展示テーマはなさそうだった。)

作品は…例年通りピンキリだと思います。
デザイン系の学科だとグラフにしろダクトにしろテキにしろベースに4年間で身に付けた専門技能があるから全体的なレベルはあがるのでしょう。しかし情芸の場合、そういった基本的技能を身に付けるための授業というのは少ないので、個々の作品でかなり差がでています。

卒業制作展は学外(受験生、予備校関係者、教師、親)へのアピールの場としていちばん重要です。学科のブランディングという観点からみたとき、芸術コースの卒業制作展は、もう少し完成度があがると対外的に印象が良くなるのかなと思います。(それは学生の資質ではなく、カリキュラムの問題かな。)

いいなって思った作品は、ほぼ例外なく作家が自分の作品の前に立っていました。
というか、作家が説明してくれたから作品が良く見えたものありました。むしろ、作家がいない作品の多くは印象にも残らないし、おそらく視野には入ってるのだろうけど、いま書き起こそうとしても思い出せません。

きっと能動的に動かしたり、作品背景を知れば楽しい作品になるんでしょうけど、普通の人は初見の作品にそこまで積極的に働きかけないのが普通です。やはりなんかしらの説明はあったほうがいい気がします。観客は話かけたり触ったりすることを極度に「恐れている」か「無関心」なので。

はい、極めて凡庸な意見でした。
卒制の感想なんて、みんな頑張ったんだから「良くやったね!」でいいような気もする…んだけど色々言いたくなりますよね。



作品を説明してくれた人に「卒業後は決まっているんですか?」という質問をしてみた。そしたら良い作品をつくっていても「未定です」って人がけっこう多かった。なんだか勿体ないな、という気がした。「作品を制作していくつもりです」とか「働きます」とか「進学します」というはっきりした答えではなく、「未定」というのは人生に迷っちゃってますからね….。学科として、学生にもう少し将来に対するビジョンを持たせてもいいのかな…とか。



球体がまわって棒が刺さる作品(←なんの説明にもなっていない)。
音の要素は偶然?らしいんだけど、その音がこの作品を唯一無二の作品にしてる。



一見、ケント紙の立体が並んでいるだけ。でもよくみるとかすかに動いている。
「ん?」と思って仕掛け的なものを探すけど、すぐには見当たらない。


全体的に写真の人は展示方法が荒いなあと思った矢先、しっかり展示している作品があって、それが予備校で観ていた人だったので嬉しかった。「光を捉えるための箱としての部屋」(うろ覚え)というコンセプトが素晴らしいと思った。


夢ちゃん。この人は情報芸術という学科がなければ美大に行けなかったかもしれないし(失礼!)、そして情報芸術という場所だからでこそ育った人でしょう。こういう人材を受け入れるだけのキャパがあるのが、この学科のいいところ。