神奈川県民ホールギャラリー「泉太郎 こねる」



神奈川県民ホールギャラリーで「泉太郎 こねる」を見た。
(11/27で会期終了。さいきん会期終了ばっかり紹介していてごめんなさい。)

泉太郎の作品、大学の授業でみたな。油画科の教授の堀浩哉が紹介してた。
ケンタッキーとマクドナルドの作品(この作品は今回展示されていません)。

カーネルサンダースとドナルドがお互いの口にハンバーガーとチキンを突っ込もうとする作品。
これ最初はとても面白いんだけど、けっこう時間が長い。
デザイン的思考だったら数秒でオチつけて切り上げるほうがカッコいいっぽいんだけど、この作品のスゴいところはみんなが飽きてほとんど何も反応しなくなるところまでずーっと繰り返されること。授業ではかなり大人数の前で上映されてたんだけど、だんだんみんなの笑い声が乾いてきて、最後の方は飽きてシーンとなっていたのが印象的だった。


で、今回の展示の様子。youtubeから拾いました。なんとなく今回の展示の内容がわかります。なんとなくね…。この映像、キャプションついてるし三脚使ってるしオフィシャルなのかな?





会場内の作品をひととおり見終わったころ、ちょうどアーティスト・トークが始まったので作家本人の口から解説を聞きながら会場をもう一周しました。やっぱ本人の口から作品の解説を聞くと作品への理解度がぜんぜん違ってきますね。最初に見たときはよくわからなかった作品が、説明を聞くことによって「あ、そうか。そういうことか。」って理解できた。ふだんどんだけ理解せずに流してるんだっていう。きっとアーティストトーク聞かなかったら「面白かったよー」で終わってた気がする。勢いで作っているように見えて、すごく考えて作っているな、と。



「こねる」、けっこう自分の気持ちが落ちてたってこともあるんだけど、さいしょ会場に入ったとき少し泣きそうになった。プロジェクターを17台使って床に投影された作品のスケール感に驚いたし、それを眺めてたらなんか悲しくなっちゃって。泉太郎の作品は90%くらいバカバカしさで出来てるんだけど、3%くらい悲しい成分が入ってる。

アーティストトークを聞いて自分なりに理解したんだけど、きっと偶然性に左右されて永遠と繰り返される様子に悲しくなったんだと思う。
「偶然」や「規則」に支配される「身体」……っていうとカッコつけたような言い方だけど、でも自分の身体って自由に思えるけど、じつは偶然と規則に支配されているんじゃないかって。

偶然性と規則に翻弄される着ぐるみの熊は、バカバカしくもだんだんとグロテスクな悲哀を帯びてゆき、なんだか人生と重ねてしまうのかもしれません。



ふむ。

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