2011 年 9 月

金沢21世紀美術館ではイェッペ・ハインのほかにもいくつか展示が行われていた。
まずひとつは「Inner Voices」という1960年代以降にうまれた女性作家の作品による展示。
日本、韓国、ミャンマー、マレーシア、インド、フィリピンなどアジアの出身の作家が中心だった。女性であるということのほかに、それぞれの国の歴史的な背景なども複雑に絡み合った作品群だった。
『自分の生まれた国の社会的風習や歴史のなかでいかに女性たちがアイデンティティを確立しようとしているか』みたいな?
…っていうような内容だったってことを、いまこの記事書くために目録読んで知った。
女性作家だけの展示ってのも気がつかなかった。
そういわれると会場はなんだかオリエンタルな雰囲気で、個々の作品はテーマ性が強く、見るのに疲れたなぁという印象だった。
ひとつの社会的なテーマをコンセプトにして数名の作家を集める展示って、森美術館とか東京都現代美術館でよくやってる印象がある。そういう展示は作品数多くてみるの疲れるし、結局のところ印象に残るのは個々の作品が良かったかどうかってことで、キュレーターの考えたそのテーマ自体を考えることになったのかっていわれるとちょっと微妙だったりすることが少なくない。
いや、ま、そういった展示を否定してるわけではないんですけども。なんとなく違和感があったりする。まだ言葉にできるほどきちんと考えてません。
この展示ではやっぱ塩田千春さんの作品が目を引いた。超ミーハーなセレクトだけど。
塩田千春といえば空間に糸を張り巡らせる作品が有名。
今回も遠くからみたら展示室の天井から床まで赤い糸がビローンってなってたからそれ系の大規模な作品かなあと思った。でも近くで見たら糸だと思ってたものはじつはチューブで、そのチューブは赤い液体で満たされてた。そのチューブはポンプによって空気が送り込まれ、まるで血管のなかを血液が循環しているみたいだった。下に敷かれた白い布でできた巨大なドレスとの色のコントラストがきれい(凡庸な感想です)。
ここに愛知トリエンナーレで展示されたときの写真がちょこっと掲載されてます。
それにしてもメインビジュアルに使われている作品が9月10日からの展示ってどういうことなの……。
さらにZine(同人誌のような少数・非営利な冊子)の展示もやってたんだけど、朝食をとりつつ録画しておいた輪るピングドラムをみたいのでそれは次回に持ち越し。
2011年9月3日 9:31 AM|
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去年のいまごろはパリにいた。
今年も行きたかったがそんな毎年海外に行く(金銭的な)余裕はない。
でもせっかくの休みにどこにも行かないのも勿体ないので、とりあえず金沢に行ってきた。
ここ最近は金沢には飛行機で行くことが多かったけれど、今回は時間的にも金銭的にもやっぱ長距離バスがいちばん都合がいいかなって思って数年ぶりに夜行バスで往復してみた。まあ、体力的にはちょっとキツかったネ…。
金沢21世紀美術館ではイェッペ・ハインというデンマークの人の個展が開催されていた。(会期終了)
イェッペ・ハイン《光のパビリオン》2009
イェッペ・ハインの作品をネットで調べているときにこの↑写真を見て、自分のなかでフェリックス・ゴンザレス=トレスのこの↓作品と重なっていて、勝手にイェッペ・ハインのことをコンセプチュアルアート系の人なのかなあって思ってた。
フェリックス・ゴンザレス=トレス《ベネチアビエンナーレでの展示風景》2007
実際の作品はトレスの作品とはかなり印象は違ってた。
《光のパビリオン》っていう作品は、実際にはこの電球より数メートル離れた壁の後ろに自転車が設置されていて、そのペダルを漕ぐとギヤとチェーンが回転してこの電球でできたパビリオンがゆっくり開閉するっていう作品。自転車を漕いでる人は電球が開閉してるところがみれない。でも電球同士の、空洞のガラスがぶつかり合う音だけはかすかに壁の向こうから聞こえてきたりする。
他の作品は例えば多面体のミラーがゆっくりと回転して展示室の空間が歪んだように感じられる《回転するピラミッドII》という作品や、展示室のパーテーションがほんとうにゆっくりと左右に移動している《見えない動く壁》という作品があった。それらはコンセプチュアルアートいうより、キネティックアートいう印象だった。ざっくりいえばメディアアートの範疇の作品だと思った。
頭に特殊なヘッドセットをつけて歩く《見えない迷宮》という作品は佐藤雅彦っぽい感じもした。
一見何も置かれていない広い展示室のなかはじつは赤外線信号によって迷路が構築されていて、外れたルートを歩くとヘッドセットがブブブッて震える。目には見えない壁が存在してるってわけ。
ミラーの使い方なんかはオラファー的で、体験型というところは佐藤雅彦的で、もはや展示物を消し去ってホワイトキューブの空間そのものを作品にするところはマーティンクリード的で、色んな作家や作品のことを思い出した。空間、時間、認知、そういう現代的なアートの要素をかなり自然に取り込んでいた作品群だった。
こういう贅沢な空間の使い方ができるのは金沢21世紀美術館ならでは。SANAAの建築とも相性が良かった。
コレクション展とかその他のことも書こうとしたけど、いまコンタクト乾いてヤバいので次回に持ち越します。
12:59 AM|
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資生堂ギャラリーで辰野登恵子展。
辰野登恵子さんは1995年に東京国立近代美術館で女性初かつ史上最年少で個展をしたそうです。

自分が名前を知ったのは2005年に出版された「インタビュー」っていう本が最初かな?
前回のイケムラさんと同時期に知った記憶があります。
まあじつは自分がいた大学の教授だったんだけどね、他科の教授のことはあんまわかんないよね…。
この「インタビュー」っていう本のなかで辰野さんはこう言ってる。
デッサンは主観と客観の両意識を短時間のうちに重ね合わせて統合を図る有意義な手段だと思いますね。人から聞いた話ですが、デイヴィッド・ホックニーは、「美術学校へ行って良かったことは、デッサンを学んだことだ」と言ったそうです。徹底して技術を学ぶだけでも価値のあることです。うまさを見せびらかすだけの絵など論外ですが、できてなお、自分の絵にあった方法を素直に取捨選択できることが肝心です。
あまり人のことは言えないんだけど、画廊を見て回っていておもしろい絵に遭遇することがよくありますが、パワーの点でトーンダウンしていると、がっかりしてしまいます。完成度でみても半分ぐらいで終わっている。もう少し突っ込んで描いたら言いたいことはしっかり伝わるのに、もったいないと思いますよ。
当時、予備校で学生講師としてバイトしているときだったからこの文章にものすごく感銘をうけた。そのときの自分は「なんでデザインを学ぼうとしてる人にデッサンを教えるのか?」っていうことを考えていて、自分のなかでその問題を消化するときのヒントになったから。
それと辰野さんは絵画の人だけどデザインの人と同じようなことを言ってるっていうところも意外だった。客観とか、もう少し突っ込んで描いたら、っていう部分。
そんなわけで自分のなかで辰野登恵子さんのイメージといったらこの一節だった。絵はぜんぜん見たことなかった。
今回の個展では油絵と版画が展示してあった。
やっぱり目を引くのは油絵の色彩の発色。
テキスタイルっぽい配色。絵によってはとても構成的でデザインの色彩構成みたい。もちろんもっと複雑な色彩の表情をしているけれど。(「っぽい」っていう言い方は失礼なのかもしれないけど、職業的にそういう風に見てしまう…)
この時代において、斬新さや革新的なものはないですよ。
「ああ、キレイな色の抽象画だな」っていう。なんだかすごく銀座っぽい絵。
でもそれでいいのかなあって。
こういう普通に「いい絵」を見ると、ホッとするというか、真摯な気持ちになるというか。なんか引き締まる。昨年急逝してしまった中里斉さんの絵をみたあとも思ったんだけど、新しかろうが古かろうが自分の表現をずっと続けるっていう職人的な部分で尊敬するし、かっこよくて、そういうのがアーティストだよなって思う。
10月16日まで。
2011年9月1日 7:10 PM|
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MOMAT(The National Museum of Modern Art , Tokyo=東京国立近代美術館)でイケムラレイコの展示を見てきた。「イケムラレイコの日本で初めてとなる回顧展」だそうです。
自分がイケムラレイコの作品をはじめてみたのは「愛と孤独、そして笑い」(東京都現代美術館・2005年)だった。
「愛と孤独、そして笑い」は女性作家10人による企画展。
そのときの自分は「現代美術覚えたて」みたいな感じだったから同時に展示されていた岡田裕子や澤田知子の作品に注目してて、そんななかでイケムラレイコの作品はとても地味に思えた。
少女?の顔に手がめりこんだブロンズ彫刻(ドローレスという作品)はちょっと気になった記憶があるんだけど、絵画に関してはさっぱり。失礼すぎる話なんだけど「私立美大の卒業制作っぽい」みたいな。 で、その後いろんなところで名前をみかけて「あ、美術界で有名な人なんだ」って思って。
その後もしかしたら所蔵展とかでイケムラレイコさんの作品を見たかもしれないけど、まとめて作品をみるのは今回が初めて。
入り口で会場図(目録)をもらって「へー」って思ったのは会場の構成。
回顧展でありながら近作から年代的に遡って展示されてるということ。そして途中で最初の展示室に戻れるという趣向もある。
このあいだの名和晃平の展示「シンセシス」もループ仕様だったけど、「イケムラレイコ うつりゆくもの」も時間軸をずらすことに意図を持たせる展示の仕方が面白いなって思った。
それともうひとつは作品のそばにキャプションがないということ。これも「シンセシス」と同じ…だったかな?これは個人的には悪くないなって思う。文字情報って傍にあるとやっぱまず読んじゃうから。答えを先に見ない感じっていうのかな、まず先に作品を見て「いつごろに描かれたものなんだろう?」とか「タイトルなんていうのかな?」って考える余地があるのは楽しい。
で、今回の展示には「愛と孤独、そして笑い」と同じ絵画作品が展示してあったんだけど、当時みたときよりもいいなって思いました。
それは前後の年代の作品と比較したりだとか、展示してあった同様のテーマと思われる写真作品を見たこととかが理解の役にたったんだと思います。
あとは単純にやや抽象的なぼんやりした少女のかわいくてちょっと怖い感じがまさに女性視点の少女っぽいなあと。あとは単純に色彩がキレイだなと。
どちらかといえば自分は絵画よりも彫刻作品が好きでした。
彫刻の方が説明的にならずに表現できてるんじゃないかと。(個人の勝手な感想です。)
カタログのデザインは中島英樹、写真撮影は川内倫子。デザイン系の人も大満足。
まあぼくは買ってないんだけどね。買えば良かったかも。
10月23日まで。
12:53 AM|
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