2012 年 5 月

雑記

村上隆は日本の現代美術の父だった。

彼が存在しなければ日本の現代美術をとりまく状況は今頃どうなっていただろうか?彼に賛同するか否かに関わらず、日本で美術の世界に身を寄せる人々であれば彼の思想、作品(もしくは人間性)について言及したことは一度くらいはあるはずだ。

美術の世界とは無縁の人々も彼について言及する。
アニメのキャラクターのような造形物が数千万円?一般人は首を傾げ、いわゆるオタク達は彼に対して否定的な立場をとる。自分たちの庭を荒らし、金儲けのために売り物にする男として。しかし彼は批判に臆することなく反論し、説明し、立ち止まることなく、いやむしろ批判をも巻き込んでより大きな渦となりまた次の段階へと進む。彼は日本の現代美術を取り巻く状況を10年以上にわたって撹拌し続けている。

いまや日本の現代美術界隈に彼がいないことを想像することは難しい。彼のスタンスに対してあるものは賛同し、あるものは否定することで、美術に対する自分の立場を構築する。見えないふりをしたところで、それはただ単に耳を塞いでいる行為と見なされる。


悲しいことに日本の現代美術に母はいなかった。やさしく包み込んでくれる母がいなかった。肯定してくれる母がいなかった。オノヨーコや草間弥生はもはや祖母のごとく年を取りすぎている。片親のもとで育たなければいけない日本の美術家たちよ。

父はつねに厳しい。
闘争と努力によって父は父となった。自らの価値観から外れたものは厳しく非難される。偉大なる父を持った子の苦しみよ。日本の若い現代美術家たちは宮崎五郎の受難を味わっている。影響力の強すぎる父。父の険しい顔を見れば怯え、時々みせる笑い顔には安堵する。父に認められる以外には落伍者として生きるしかない。





自身の活躍に限らず、GEISAIやギャラリー経営などでも日本のアーティストに多大なる影響を与えている村上隆だけど、彼の作品をまとまった形でみたことのある若い人はあまりいないはず。2001年の「召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか」以降は日本で個展は行われていないんじゃないかな(たぶん)?もう10年前だよ。(ちなみに僕は現代美術に興味を持ち始める前なので観てない。)ぼくも金沢でシーブリーズをみたり、kaikaikikiギャラリーで小作品を観た以外は、ほとんど日本では目にしたことがない。

僕はベルサイユでもドーハでも作品をみることができたけど、現代美術業界にコネもないし関係者でもないし影響力もまったくない。ベルサイユは偶然目にすることができて、ドーハまで行ったのは好奇心だけだった。

それだけで知った口を叩けるわけでもないが、要はみんなに村上隆の作品をもっと観る機会があればいいんだ。そうすれば、村上隆の言ってることがもっと冷静に判断できると思う。

村上隆は日本で個展をしたがらないし、本人も日本で展示する必要はないと言っている。
個展を開くには日本じゃ予算が組めないというのもあるのだとは思うが、でも、麻布にギャラリーがあるし五百羅漢図は無理にしても何かしら展示することは不可能ではないハズ。

杉本博司みたいに海外拠点で本人もニヤニヤしてる他人に興味がなさそうなよくわからないいかにもインチキ臭そうなおじさんならまだしも、村上隆のように日本国内で若い人たち(大学生)相手に日本の現代美術についてマジレスするなら、いい加減そろそろ作品を公開しないと空論だけが飛び交うことになる。

東京都現代美術館「トーマスデマンド展」



このあいだ東京都現代美術館でトーマスデマンドの展覧会をみてきた。

ネットで見つけた説明によるとトーマスデマンドは
彫刻家としてキャリアを開始しますが、紙で制作する保存困難な作品を記録するために写真に取り組み始めます。1993年に写真作家に転向し、写真を撮影するために紙製作品を制作するようになります。

というように、もともと彫刻を記録するために写真を撮っていたのが、写真のために立体作品を制作するようになったんだって。


自分は最初なにでトーマスデマンドを知ったんだろ?
スタジオボイスのドイツ写真の特集かなにかかな?経緯は忘れちゃったけど、でもとにかくいいな、面白いなって思って学部時代に写真集を買った。たしか8000円くらいして、けっこう高かった記憶がある。(いまAmazonで検索したら3000円だった….)



この本、横に長いから一冊だけ棚から飛び出しちゃう。
そういう一冊だけ本棚からはみ出してる状況、A型的にワナワナする。



そんなわけで気になってた作家の個展ということで楽しみだったんだけど、実物は何点みたら飽きた。もうちょっと個々の作品について元ネタが知りたかったかな….。
紙でできてて凄いなって思うんだけど、元のセットがどういうスケール感なのかいまいちわからないし、どれだけの手間と時間がかかってるのか想像つかなさすぎて、入り込めない部分もある。しかしその、人の存在を感じさせない無機的な部分も含めて作家の意向なのだろう。映像は面白かった…というよりどうやって撮影してるのか不思議だった。

あとわりと小規模だった。
もしかしたら写真で現代美術館をフルに3フロア使うのか?だとしたら間が持つのか?もしかして紙でできたセットとか公開されちゃう?!とか思ってたんだけど、3階のワンフロアだけだった。そのぶん入館料安いのは良かった。でもやや単調だったかな。それならいっそラットホールギャラリーのような、もっと小規模かつ静かな空間で数点だけを展示していたほうが感動したかもしれない。


ネットで調べたら1999年にはロンドンのテート・ギャラリー、2005年の3月から5月にはニューヨーク近代美術館で個展が開催されているとのこと。自分が買った写真集はたぶん2005年の個展のときに出版されたやつかな?日本での個展もあと5年くらい早いと良かった。





このあいだ、高校の卒業制作で写真をやりたいって学生がまんまホックニーのフォトコラージュを提案してきた。「美術系の学校とはいえなんで高校生がホックニーのフォトコラージュなんて知ってんだ?」と思った。自分で閃いたなら凄すぎるし、もし美術館や本で知ったのならだいぶ勉強家だなぁと。でも、よくよく聞いてみると中学校の美術の授業でやったみたい。そのうちトーマスデマンドみたいにセットを作って撮影するってのも中学生がやるのかな….。

ドーハ6

ドーハ滞在2日目、帰国の飛行機は深夜発だった。タクシーでアラブ現代美術館やショッピングモールを見て回った後も時間には余裕があったので、もういちど村上隆の展示を観ることにした。


ギラギラと照りつける太陽と威圧感のある監視員に泣かされた初日とは違い、その日はイスラム教の休日にあたる金曜日で、かつ日が暮れはじめて涼しくなってきた時間だったので、美術館の周囲には家族連れやカップルの姿を見ることができた。本当にこの国は夕方にならないと人々が外に出てこないのだなと思った。

美術館の外ではこんな感じでなんかやってた


初日の反省から2日目はタクシーを半日貸し切って観光をしていたので体力的に余裕があった。そうしたら、1日目よりもポジティブな印象で展示を受け止めることができた。じっくり作品を観ながら、やっぱドーハまで来て良かったのかも、って思うことができた。自分以外にも展示会場に観客が5人くらいは居て人の気配があったことも良かったのかもしれない。でも五百羅漢図の感想は初日と同じだった。ラメの効果がキレイだなーって思ったくらいで、どうしてもあの羅漢が好きになれなかった。でも、近くで村上隆の作品をじっくり観れたことはとても勉強になった。

まだ五百羅漢図は未完成らしいし、ガゴシアンギャラリーで展示していた性的な作品はここでは未展示だし、ドーハでみなくても数年後にはまたどっかの国で個展やるっしょ。だから、今回そんな慌てて訪れる必要はなかった気はする。とはいえ、個人的には良い体験でしたけどね。こういう機会がないと一生(そう、一生!)中東の国なんて訪れないと思うし、正味二日とはいえ色々経験した。結局、村上隆の展示より、結果的にそういった体験のほうが心に残る旅行だったし、それが正しい。美術作品が目的で海外に行き、結果的にその美術作品よりも現地の体験から多くのことを学んで帰ってくる。いいことじゃないか。


帰りの飛行機のチェックイン話とか、ラウンジで5時間くらい時間を潰したこととか、タクシー運転手との交渉とか、200円くらいの定食屋の話とか、いろいろ面白いことはあるんだけど、ここでは割愛します。日本では普段「先生」とか呼ばれてるけど、海外ではろくに言葉も通じない怪しいフォーリナー。恥はかき捨て。ほんと、精進が必要です。海外一人旅は寂しいときもあるけど、誰も自分を知らないという開放感があっていいものだと思う。


ドーハ記はこれで終わるけど、近いうちにカイカイキキギャラリーで「日本の悪夢は世界の未来」を観て、村上隆について個人的な考えをまとめたいと思います。というか、ここまでダラダラ書いてきたけど、ブログ的にはそれが本題ですよね……。すいませんね、中途半端なブログで。


ちなみに夏の終わりにはパリ行きます。あとロンドン。ポンピドゥーでリヒターみるため。この欧州行きの航空券を取った数日後にドーハ行きを決めたから、懐が……。



写真じゃ全然わからないけど、帰りの飛行機のなかから見えた月がひときわ輝いてるなと思ったら、ちょうどその日はスーパームーン( 満月が通常よりも大きくて明るく見える現象)の日だった。ラッキー!

3331「大友克洋GENGA展」



遅ればせながら3331で「大友克洋GENGA展」を観てきました。(5月30日まで)

これは良い展示だった。素直にそう言える展示だった。

AKIRAの原画を展示するための什器のデザインが良かった。
金属のしっかりとしたフレームにガラスが嵌め込まれ、棚板の代わりに数本のワイヤーで原画を支えるという設計は、開放的かつ必要最低限の要素で、原画の観賞を邪魔することがなかった。こういう見せ方があるとは、と感心した展示方法だった。普通に考えればAKIRAの全部のページを展示するなんて無謀にも思えるが、それをこういった形で実現させたのはとてもすごいと思った。

そして3331のギャラリーにもフィットする展示だった。白い光で満たされた明るいホワイトキューブは単純に作品が観やすかったし、天井がそう高くないところも良かったのかもしれない。美術館の格式張った印象がなく、いくぶん気軽に作品と接することができた。展示全体のボリュームがギャラリーの大きさに対して無理がなく、見やすかったように思う。あと、地味にBGMつきで良かった。ふだん美術館やギャラリーに足を運ばない層に対してもリーチするような展示だった。

チケットが予約制というのは最初「なんで?」と思ったが、会場に行ってみれば確かに納得ができる。発券がローソンだけというのは不便だったけれど、来場者が分散されるぶんゆっくりと落ち着いて観ることができるし、結果的に来場者は平等に満足感が得られたと思う。たしかにあの原画をせかされて観たくはない。

と、展示方法もさることながら、やはり原画自体がとてつもなかった。
一枚一枚が恐るべきクオリティと密度。その一枚ずつが芸術作品といっても過言ではない。漫画の原画を観たことはあまりないのだけれど、それにしてもトーンの使い方が職人的で、なにせ至近距離で観てもなにをどうやって貼っているのか分からない。ずーっと見入ってしまう。

十数年前から印刷でずっとみてきたものが目の前にある感動。マジやばい。これはドーハの村上隆以上にクるものがあった。

例えば自分が外国人で、日本の漫画やアニメのファンだったとして、今回のこの展示のために日本に来たとしたら、やっぱり「来て良かったなあ」って思うんじゃないかな。帰りに秋葉原なんかにも寄ったりしてさ。こんなん、日本国外ではまともにみれない展示だと思うし。

自分がふだん接している美術の世界はどこまで世界的に有名になれるか、とりわけ欧米に認められるか、というところはあるけれど、漫画の原画のように、日本でしか観れない日本独自のものの価値は計り知れない。

期日は近いけど、ぜひとも足を運んでください。この展示、奇跡でしょ。





AKIRAは中3の15才の誕生日に全巻買ってもらった。

ちょうどエヴァブームで、lainなんかも放送されてて、カルチャー誌やファッション誌でも「ジャパニメーション」って言葉が流行ってた。エヴァとジブリとAKIRAが海外から注目されてる、みたいなことを当時のファッション紙の特集を読んで興味を持ち始めたんだと思う。そのころはちょうどオウムの事件があって、現実世界と漫画やアニメの世界が重なった時代でもあった。

AKIRA、最初読んだときは「絵は凄いけど正直話はよく分かんないな」っていう感じだった。
でも主人公が途中で消失したり、タイトルの「アキラ」が中盤でやっと登場したり、序盤に主要キャラだった竜が後半で惨めな死に方をしたり、数ページに渡って崩壊シーンが続いたりするのは、それまで読んでいた漫画とまったく違っていた。

特に5〜6巻あたりの鉄雄や金田はかっこ良かったし、絵が洗練されてるし、DNAや宇宙のイメージ、またはSOLとか細菌兵器とかの専門用語は中2病を満足させたし、なにより鉄雄の記憶が遡るようにフラッシュバックするページと、金田の幼少期の回想シーンは当時の自分には感動とかそういうレベルじゃなく、あまりにもショッキングだった。そしてその時負った傷を今でも引きずっている部分がある。


高校の頃、美大を目指す前から、AKIRAを模写をしてた記憶がある。徹夜で童夢のチョウさんの見開きを模写したりね。まぁ、そんなにたくさん模写してたわけではないけど。
でも、もしかしたらAKIRAを買ってなかったら美大に進学してないのかも、とかGENGA展を観ながらちょっと思った。

いまこうして、美術に近い世界にいて、美術作品を展示するような場所で、当時自分が影響を受けた作品の原画を目の当たりにすることは、なんかの運命?なのかなあとか考えると泣きそうになった。むしろちょっと泣いてた。

神奈川県立近代美術館鎌倉別館「柚木沙弥郎展」



柚木沙弥郎展をみるために鎌倉に行った。神奈川県立近代美術館の葉山館は何度か訪れてるし、鎌倉館のほうには山口勝弘の展示を観に行ったことがある。でも別館は初めて。この展示のチラシを観るまで柚木沙弥郎さんのことは全く知らなかったんだけど、展覧会のウェブサイトで作品を見たらぜったい観たい展示だなって思った。


柚木沙弥郎さんは90才だそうで、もともと東京(帝国)大学で美術史を学んでいたそうです。その後戦争から復員し、大原美術館で働いているときに民藝と出会い、芹沢銈介に師事し、染色作家としてのキャリアを歩み始めたようです。女子美の学長も勤めていたとのこと。


展示は小規模だったけどなかなか良かったですね〜。型染布は深い色合いがとても奇麗で見入ってしまった。今回の展示のメインは村山亜土という児童劇作家の遺稿をもとに創作されたコラージュ作品や水彩画だったんですけど、この村山亜土のお話のそこはかとない暗さ(ぜったい最後に主人公が死んじゃう感じ)と適度に抽象化された柚木沙弥郎の作品がなんともいえないマッチングでした。


土曜日の鎌倉は人が多かったけど、鎌倉別館はひっそりとした感じで落ち着いてました。
こういうちょっと渋い展示もいいですね。勉強になります。
大仏や鶴岡八幡宮の見物とともにどうぞ。
ちなみに大仏と僕の顔はそっくり(特に横顔)です。