2013 年 2 月

近況(後)

放浪息子のアニメを観た。良かった。とても繊細なアニメなので、同時に辛くもあったのだが…。いちばん辛かったのは、生々しいテーマながらも、主人公を取り巻いている状況はとても恵まれていて、現実にああいう状況があっても周囲はあそこまで理解をしてくれないし優しくないだろうなということ。それだからでこそのアニメなのだが…。

一段落した、と、この数日間の一連の日記で書いてしまったが、受験生にとってはまだ受験が終わっていなかったりするし、私立の合格発表もまだ(これを書いている時点で、翌日が主な私立の合格発表)なので、あまりにも他人事っぽく書いてしまったかな、と反省している。


《カット》


仕事(受験)のことについて書こうとしたけど、まとまらなそうだったから、やめた。ぼんやりしているときは書きたいことはあるのに、いざ書こうとすると上手に書けなかったり、特に面白くなかったり…。おい!書けよ!と自分でも思うけど、いつか仕事辞めたときまで取っておきます。まあ、仕事についてはやるべきことをやるだけですな。


書こうとしたことを書かなかったかわりに、書こうとしなかったことを書きます。


(1).自分が社会人講師として働き始めるときに、受験生時代自分が教わっていた先生に「美術予備校をこの世から無くすつもりで働きます」と冗談っぽく言いました。そしたら先生は「働くところなくなっちゃったらどうするの」と言いました。

自分がなんと答えたかは覚えてませんが、とりあえず今、その先生はもう職場にはいません。その先生と最後に話したのは、エレベーターの中でふたりきりになったときに自分のほうから「いなくなっちゃうんですか?」と聞いて、「あ、知ってたんだ。続けるなら、ぜひ頑張って」というような会話でした。


(2). 大学院生時代、美術予備校について調べているとき、調べれば調べるほど「美術予備校は5年後はかろうじてあるだろうが、10年後はわからないな」と思いました。また、中規模の予備校は淘汰され、小規模か大規模の予備校が生き残る時代になっていくだろうな、とも予測しました。それから5年経とうとしています。その予測がどうなのかは、さらに5年くらい経たないとなんともいえません。

近況(中)

1年がとてつもなく早い。年を重ねると本当に時が経つのが早くなる(この言葉は来年も再来年も口にすることになるだろう)。このあいだ昨年度の受験が終わったと思ったら、あっという間に今年度が始まり、そしてまた終わった。

とりあえず仕事が落ち着いた段階でSTEINS;GATEをiPadアプリで購入した。シュタインズゲートは去年の受験が終わった時点でプレイしたかったのだが、機会がなく結局いまになってしまった。
とりあえず正味2日(20時間程度)で全ルートをクリアして、アニメも全話観て、いまはドラマCDを聞いて物語を補完している最中。さすがに30才を越えてからプレイするといくぶん冷静になってしまう部分はあるが、10代のまだ柔らかい心をもった多感な時期にハマれば、やはりこれはなかなか強い爪痕を残す内容だと思う。



未プレイ時にこの動画をみて「おぉ」と思って、すぐアプリを買った。原作をプレイしてアニメをみた今、この動画の演出とまとめ方がとても上手だということがわかった。いまは作業用BGMとして鬼リピートしてる。





学生の頃はそれなりに本を読んでいた気がするも、働き始めてからはほぼ読まなくなった(この話も何度もしているし、この先何度もすることになる)。特に小説なんて年に1~2冊読むかどうかという生活になっている。読むとしたら毎年この時期で、それは単に仕事の予定がないからだ。いまの仕事は受験が終わった2月と3月はほとんど仕事の予定がなく半無職のような「明日も明後日も仕事がない」という生活なのだが、そのように心理的・時間的な余裕のもとで、近くのコーヒーショップで本を読むという行為は、本当に贅沢な時間の使い方だと感じる。学生時代はそのような暮らしを当たり前だった……いまから思えば「贅沢」というのは「無駄」ということでもあり、学生時代の時間を「贅沢(無駄)に」読書に費やしたのは失敗だっかもしれない。なんちゃって。

文章を読むことと、文章を書くこと。どうやらこれは関係があるらしい。本を読めば自然と言葉が浮かんでくる。近頃自分のブログの更新が滞るのは本を読まないからだ。そして前回と今回のブログが比較的長文なのはまさに進行形で本を読んでいるからだ。といっても別にシュタインズゲートがだけが読書体験ということではなく、ジュリアンバーンズの「終わりの感覚」クレメンスマイヤーの「夜と灯りと」(どちらもクレストブックス)などを読んでいる。だいたい小説を読むとしたら外国の現代文学を読む、それは単にみんなあんま読んでなさそうだから。クレストブックスはハズレがなくていい。





自分が何を言いたいのか言うためには、練習が必要だ。

近況(前)

まず猫が死んだ。4匹飼っているなかの1匹。17才だった。

もともとは姉がロスに留学している時、当時住んでいた部屋に迷いこんできた猫だった。それを留学を終えるとともに持ち帰ってきたというわけだ。自猫を飼い始めたとき19才だった姉は34才になり、すでに結婚し、子供を2人産んだ。15年はそういう時間だ。自分はその時間の3分の2ほどを学生として、3分の1は非正規雇用の社会人として実家で暮らし、いまだ結婚はしていない。つまり、姉ほど変化に富んだ15年を過ごしていない。

これまで多くの猫を飼ったり飼いならしてきたが、完全な家猫として最期を看取るのは初めてだった。死ぬ前日から何も口にせず、大好きだったおかかを目の前に置いても何も反応しなくなった。力なく横たわり、瞬きすることもできず、ただ遠くを見ながら小刻みな痙攣を繰り返した。そしてそれまで頑に結んでいた口をまるで魂のない人形のようにパカッと開け、喉の奥から苦しそうにカハッ、カハッ、と呼吸をし始めると、もういよいよダメかと確信した。それまで数時間まったく微動だにしなかった身体の後ろ足がグッと伸びた次の瞬間、息を引き取った。

最近はペット火葬というのがだいぶ一般的なようだが、我が家はあまり死者を弔わない(仏壇や墓や墓参りはないし、葬式も必要最低限で済ませる)家族なので、猫もその例に漏れず、必要最低限の施しとして遺体を市の焼却施設に持ち込むことにした。市によっては一般ゴミ扱いで燃やされるらしいが、相模原市の場合は小動物専用焼却炉というのがある(らしい)。焼却炉が違ったところで行き着く先は一般ゴミと同じ、というのが気にならないわけではない。しかしそれだけでもだいぶ罪悪感は減る。死に対して残されたものは出来ることをやればよい。

焼却場に予約の電話をすると、名前も連絡先も聞かれずに『小動物ですか?受付時間内に段ボールに入れて持ってきてください』と極めて事務的な対応だった。それはむしろ好ましい対応だった。姉の車で焼却場に行くと受付でガムテープを渡され『フタはガムテープで塞いでください』と指示され、自分と姉は猫と別れの挨拶をした。

その後私たちは遺体を一時保管するための『小動物用冷凍庫』がある部屋に案内され、そこに段ボールに梱包された15年来の家族を納めた。朝早い時間だったが、すでに同じように梱包された段ボールが一箱そこにあった。

17年前ロスで迷子になっていた猫が、どういうわけか相模原市の焼却場で灰になる。帰り道、車の助手席から薄曇りの空を眺め、いまもまだ冷凍庫のなかで段ボールに梱包されている猫のことを思い浮かべながら『幸せだったか?それともあのままアメリカに?骨は拾って欲しかった?』と問いかけ、考えてみるも、とうぜん何もはっきりとした答えは出てこない。年を重ねていくと、こうやって身近な命が失われていくことは増えるだろう。そのたびに死に対する恐れは少なくなっていくかもしれない、自分が死ぬことがなによりも怖かった幼年期に比べれば。そして自分はいかにして死ぬかということについて考えなければいけなくなるだろう。どこで断絶されるかわからない己の人生について。