2014 年 12 月

さよなら2014年

ワードプレスでブログを更新するときのダッシュボード(管理画面)の片隅に、書きかけのブログのタイトルが表示されています。「私は良い先生であっただろうか」というタイトルで、今年の3月に書き始めて放置したままの文章です。

高校の非常勤を3月で辞めたことは各所で書きましたが、その時予備校のほうも同時に辞めようかと思っていました。そのへんの経緯を書きつつ、今年1年を振り返ろうかと思います。





高校はひどい辞め方をしてしまった。

説明もなく担当していた授業のひとつを降ろされ、理由を聞くと「授業の方針の違い」。そして突然あとつぎの新しい先生を紹介されたかと思ったら「これまでの授業の内容を新しい先生に引き継いでください」とのこと。

事前の説明もなく、方針の違いという理由で一方的に授業を降ろされ(なにより年収換算で数十万違ってくる)、かと思えば授業の引き継ぎについてはこちらに丸投げ。その矛盾や不満を主任に申し出ると「次年度の担当を外れてもらうことは以前言ったような気がします」。聞いていません、いつ仰ったんですか?と問い詰めると「そもそも非常勤講師は1年契約ですから…」「もう決定しましたから…」と埒のあかない会話を延々と繰り返し、最後は自分が激昂してしまい終了。これまでの人生であそこまで怒ったのは初めてでした。そして続ける予定だった担当授業も降り、辞めることにしました。

いま思い出しても自分は間違っていないと思う反面、激昂してしまったのは社会人としてやってはいけないことだったと反省しております。とりあえず仕事の対人関係においては感情的になったら負けだということ(当たり前ですが!)と、自分を守れるのは自分しかいないということは勉強になりました。そもそも中学高校と公立学校の教育システムに馴染めなかった自分には、公立学校の先生なぞ土台無理な話だったのかもしれません。

自分が非常勤講師として赴任したときはずいぶん懐の深い先生たち(その中には自分が高校時代に教わっていた先生もいた)がいたものだけど、公立学校の宿命としてそういう先生たちも徐々に他校へ移動してしまいました。その後の高校の指導方針の様子を聞く限り、どのみち長く続けるのは無理だったことでしょう。

担当していた当時の2年生にはさよならの挨拶もいえずに辞めることになってしまったことが心残りだったけど、先日の卒業制作展ではみんなきちんとした作品を展示していた。自分の中で「なーんだ、俺いらないじゃん!」っていう自分不必要説がハッキリしたから良かった。唯一心残りだったことが昇華できたのでスッキリした。教員免許も持っていない自分が高等学校という場所で4年間くらい先生やれてたことがむしろ奇跡だったし、貴重な体験ができたと思う。





んで予備校のほうも今年度は契約方法の変更(実質的な年収ダウン)を言い渡され、だいぶ落ち込みましたね。
これまで頑張ってきたのはなんだったんだろって。
いちおう「契約方法を変えたほうが収入が上がる」っていう触れ込みだったんですが、やっぱりそんなことはなかったです。

それぞれの職場でこういうことがわずか数日間のあいだに立て続けに起こり、ひとり居酒屋で号泣して夜の街を彷徨いましたからね、放心状態で。もうダメだ、先生辞めようって。すべて折れてしまったんです。その精神状態で書こうとしたブログが件の「私は良い先生であっただろうか」です。

何が書いてあるか恥ずかしくて読み返してないんだけど、たぶん上記の内容がもっと感情的、悲観的に書かれていたと思います。客観的にみれば「お前が仕事においては無能のクズってことだろ!」と思われるでしょうが!




結局、いきなりまったくの無職になる踏ん切りもつかなかったし、予備校の仕事は続けることにしました。
次をどうするのかっていうことも含めて、お金を貰いながら考えられるならそれでいいじゃんって。
当初は語学留学も視野に入れてたのですが、どうでしょうね。
行きたい反面、行ってどうするのというのもありつつ。
あと円安進みすぎ。
いまはまた違う方面も考え中。

そうこうあって収入は激減したものの、逆に無理して働かなくても良くなったので、時間の融通が利くようになりました。
こうやって振り返れば免許合宿に行ったり、海外旅行を2連発したり、本だって昨年よりかは読む余裕が出てきた。
それは悪いことではなかった。仕事が少なくなったからでこそできたことだった(後半は例年通り忙しくなってしまったけど)。
去年は予備校と高校で50連勤以上みたいな時期もあったし。

なにか前に進んだかと言われると進んではないんだけど、考えるきっかけにはなった年だった…のかな。
父親も死んでしまったしね。

そして10年以上にわたって飼っていた4匹の猫たちも、昨年1匹息を引き取ったと思ったら、今年の2月に1匹、11月上旬に1匹、そしてなんと残ったもう1匹も11月下旬に亡くなってしまった。だからいま家に猫はいない。家のどこにも猫がいないことがすごく不思議。
というわけで仕事(一部)も肉親(片方)も猫(全員)を失った1年だったけれど、人生前向きに行きたいよね。少なくとも生きてるんだし。

来年の目標は……オズの魔法使いのライオンの気持ちがいまは良くわかる。
なにか新しいこと始められるようにがんばろ。2014年で大殺界抜けるらしいし。
あんまこういう内容を書くべきじゃないのかもしれないけど、2014年の厄払いってことで許してください。各所からクレームついたら消します。


良いお年を。

シャウラガー

バーゼルの美術館といったらここじゃないでしょうか。シャウラガー。
なんでも「ラガー」というのは「倉庫」を意味する言葉だそうで、普段は収蔵庫や研究目的で使用されている施設だそうです。そんなわけで1年のうち4ヶ月ほどしか一般公開しておらず、今回初めて訪れたにもかかわらず入場できたのは運が良かったですねー。

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路面電車を降りると目の前にドーンって感じです。
変哲もない道路に突如として鎮座する一風変わった建築は、ちょっと異様な光景でした。(Schaulagerで画像検索すると、建築の全体像がわかります。自分の撮った写真より圧倒的に美しい写真がでてくるのが悲しいところ。)


中央の入り口から入って、ちょっと下がった半地下がいわゆるグランドフロア(0階)。そこにミュージアムショップやチケット売り場がありまして、地下に向かって展示施設が広がっています。上層階は倉庫として使われているっぽかったです。平日の夕方、お客さんは自分以外にほとんどいませんでした。


で、お約束通り館内写真撮影禁止です。
シャウラガーの地下のスペースで展示されていた、Robert Goberという作家の作品が面白いなーと思ったら、ちょうどその後訪れたニューヨークのMomaで回顧展をしていた。なんというか同時期にアメリカとスイスで同じ作家の作品をみるというのは体験として貴重でした。momaのほうは展示作品が多い割にちょっと微妙な内容に思えたので、先にこっちで見ておけたのは良かったです。なんか展示室に階段があって、滝のように水が流れてるの。


下記映像の1分44秒〜がその作品です。




企画展でやっていたPaul chanという人の作品は…割愛。これも個人的には微妙な作品が多かったけど、8bit的な表現で荒廃した世界が描かれている、ループするアニメーション映像が面白かった。


ダイナミックな空間に対して展示作品はちょっと物足りなくも感じなくはなかったんですが、建築がとても面白かったので満足しました。





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バーゼルで泊まった個人経営のB&B。
ヴァネッサという明るく気が強そうな枯れた声の女性が経営しています。
ひとりなのにツインベッドなのが悲しいところ。
でもとってもかわいい猫ちゃんが3匹いたり、朝食も飾らない感じで充実していたり、落ち着いた雰囲気でした。夕飯はミニバーでビールを買って、日本から持ってきたカップラーメンを食べて終了。ま、一人旅なんてこんなもんです。

バイエラー財団美術館

10月のニューヨークから一転、また9月のヨーロッパ旅行の記事に戻ります。
こうしたほうが色々行ってるっぽい人に見えるでしょ…。
あと時系列に並べようとすると疲れちゃう。


パリからリヒターの展示を見るためにバーゼルへの1泊旅行。
どうせなら2泊くらいしたいなとも思ったんだけど、物価が高いから1泊にした。結果的には1泊で良かった。観たいものはだいたい観れたし、本当に物価が高かった。何を買うにしても日本の倍くらいの感覚で歯ァ食いしばりながら旅行してたね…。


リヒターの個展は2年前にパリのセンター・ポンピドゥーでもみたんだけど、そんとき作品とのツーショット自撮り写真を撮り忘れちゃったんだよね。別に作品とツーショットをとる趣味はないんだけど、なんか撮っておきたかったなーってモヤモヤしてた。だから今回スイスまで足伸ばしてリヒターの作品とツーショット撮れればいいなって思ったんだけど、結果から言っちゃうとバイエラー財団美術館は館内写真撮影禁止でした!ので夢叶わず。



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バーゼル駅から路面電車に乗ってバイエラー財団美術館に到着。
当然学生や旅行者はたくさんいたけれど、格好のちゃんとしている、裕福そうな中年の白人が多かった。そして客にも監視員にも黒人がいない。スイスという国の、お金持ちによるお金持ちのためのアッパーな美術館。そんな印象を受けた。ミュージアムショップでマルジェラのスニーカー売ってたし。



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例によってロクな写真はない。
建築はレンゾ・ピアノによるもの。



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リヒター観たあとはカルダーの彫刻を眺めながら庭園ランチ♡とかやりたかった。
こういうとき一人旅はさみしい。
リヒターとかカルダーとか庭園感とか、どことなく川村記念美術館っぽい。かも。



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バーゼルで行われている美術展のポスター、情報量少なくてどれもカッコ良かった!
こういう情報を省いたシュッ!としたポスターは日本じゃ難しいよね…。



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スイスは紙幣からしてカッコいいから仕方ない。(日本の紙幣も違うベクトルでカッコいいけど)



ポンピドゥーの展示よりもバイエラー財団美術館の展示の方が作品も雰囲気も好みでした。

NYディア・ビーコン

マンハッタンではMOMAやらグッゲンハイムやらニューミュージアムやら見てきたけど、展示内容も含めてあんまりグッとこなかった。
現代美術に興味を持ちはじめた10年前だったらかけがえのない体験になったハズだけど、どうやら10年遅かったみたい。

今回ニューヨークでいちばん行ってよかったなと思った美術館はディア・ビーコン。
グランドセントラル駅から1時間に1本くらいのペースで出発している電車に乗って行きました。
駅でジュースとポテトチップを買って電車に乗り込み(本当はビールが飲みたかったけどNYは公共の場での飲酒がNGなので…)、車窓から紅葉し始めた木々とハドソン川を眺めながらビーコン駅まで約90分。そしてビーコン駅から徒歩約10分で到着しました。
すっかり田舎町といった雰囲気で落ち着きます。



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ディア・ビーコンは旧ナビスコのビスケット包装工場を利用した現代美術館。
置いてある作品はリヒター、ボイス、フレビン、スミッソン、ブルジョワ、セラ、ルウィット、ナウマンなど、超直球の現代美術。学生時代、洋雑誌でみたようなめくるめく米国的現代美術の世界。館内写真撮影が禁止なのが残念だったけど、自然光のもとでみるリチャード・セラの圧倒的な存在感の巨大な彫刻群が、本当に、本当に素晴らしかった。(こんな感じです



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着いた時は小雨が降ったり止んだりと天気が悪かったけど、次第に晴れてきました。空気がきれい。



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併設されてるカフェにて。
「Today’s Panini」つって出てきたのがこれ。でかいです。日本でパニーニっていうと、白いパンに焦げ目がついてるやわらかめのサンドイッチって印象だけど、ずいぶんがっつりしたものが出てきました。10ドルしないくらい。
分厚いパンの内側までカリカリ、というかザクザクで、口の中に刺さりまくって痛かったです。でもバターの風味とピクルスの酸味がとても美味しかったです。今回の旅行で食べたもので、価格と味のコストパフォーマンスがまともな料理ランキング1位です。



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おみやげにマグネットを買って、帰りは電車が来るまでハドソン川を眺めたりしてました。場所も作品もとても良い美術館だった。
…なんだかHanakoとかozのアート特集でありそうな「週末アートのプチトリップ!」みたいな美術の受容のしかたですが、僕はこういう、電車乗って、美味しいもの食べて、価値の定まったアートをみてスノッブをキメるの結構好きです。



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おみやげのマグネット。他の2色(グレーとブルー)も買えばよかったかも。

NYホイットニー美術館

おひさ。もう師走ですね。
少し前になりますが、10月は勢いでNY行ってきました。
9月にヨーロッパ行ったばかりだったから、仕事とお金の関係でで行くべきかどうかかなり迷ったけど、今のフリーターみたいな生活だからでこそできることかな、と…。


動機はジェフクーンズの個展とか梅ラボの個展が重なったことでした。
アメリカに行ったことなかったし、タイミング的には今でしょ!(古い)っていう。
結果的には行って良かった。
そしてたった2ヶ月弱前なのに、ドル円はいまより10%くらい違う。
やはり旅行のタイミングは直感と勢いが大切。


行きの飛行機はガラガラで、中央4列シートをひとりで独占してエコノミー・フルフラット状態。
ワインやらビールを飲みつつあらかじめiphone6にぶっこんできたアニメやら電子書籍やら見てたら12時間なんてあっという間であと5時間くらいは乗っていられそうでした。


で、詳細は吹っ飛ばしてとりあえずホイットニー美術館のジェフクーンズ。
混むっていうから開館1時間以上前から並んだ。1.5ドルの小さいホットドッグを食べながら…。
そして開館時刻が近づくにつれてどんどん人の列は長くなり…。
授業(?)で訪れている学生や、予約している人たちが列をすっ飛ばしてどんどん入場していくのを見つめながら、結構待った気がする。

で、まあ、作品を詳細に見たかったら美術手帖なんかを読めばいいと思います。


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作品自体はドーハで村上隆をみたときのように「ああ〜、クーンズだー」みたいな。
スケールとディティールについてはやはり本物を目の前にしたからでこそわかるところがあるものの、これまで雑誌でクーンズの作品はたくさんみているから、作品にそこまで新鮮や驚きを感じることはなかった。


でも、このレトロスペクティブなコンテンポラリーアートを受容する人々の姿をみれたことは刺激になった。小学校低学年の小さい子供がクーンズの作品を写生し、学生はバスケットボールの作品の前でディスカッションをし、お年寄りは性的にクレイジーな絵の前で記念写真を撮る。日本じゃありえない。日本とはコンテンポラリーアートの受容のされ方が全く違う。


もう会場中こどもこどもこども。小さい子供の時からMOMAやらなんやらで歴史の浅いアメリカの現代美術をみっちり擦り込まれるって、ある意味で恒久的に価値を落とさないための社会的洗脳ともいえるんだけど、徹底の仕方がすごい。 これはニューヨークならではの光景なのでは。


それにしたって中学生くらいの子供たちが間違いを恐れずに我先に挙手して自分の意見を述べるなんて日本じゃ考えられないし、なんだか日本は根本的に教育を考え直す必要がある気がした。そういった教育だけが良いとは思わないけど、ああいう自発性のあるニューヨークの若者をみていると、なんだかね。