2016 年 1 月

東京藝術大学 卒業制作展

Facebookでかつての学生が芸大の卒展を紹介していたので、思い立って観に行きました。
芸大の卒展は数えるほどしか行ったことないなー。
受験した回数の方が多いんじゃない?(笑えない)


なんでかってと、
①うちから遠い(1時間以上)
②時期が合わない(私立美大受験直前シーズン)
③芸大の卒展を観たくない

っていくつか理由があるんです。
①は新宿から山手線だと少し時間かかるし、中央線を使っても乗り換え面倒だし、ものすごーく気が進まない。…まあウチが神奈川県にあるのが悪いんですが。
でもまあ②がいちばんの理由ですかねー。このシーズンは女子美前日とか造形大前日とか、時間的にも体力的にも精神的にもキツかったので。芸大系を担当している先生とか単願の学生は受験がもうちょっと先なので観に行けますけど、私立美大受験に関わる先生や学生はキツイ日程です。


で、③が謎なんですけど、芸大の卒展って、観たいような、けど観たくないような、そんな気分になるんです。わかります?わかりませんよね。もしかしたら芸大コンプレックス、または芸大恐怖症!?笑
上野行くだけで動悸がする!!みたいな。

いやいやそれは冗談なんだけど(でもちょっと本当かも)、まずさー、上野って場所がズルくないですか?

アメ横も動物園も美術館あるし、文化がある街だよね。駅前とかすごい賑わってるじゃん。橋本(多摩美)相模大野(女子美)相原(造形)みたいな移民の街じゃないじゃん。東京都内の人に言うとちょっと失笑されるような場所じゃん。
鷹の台(武蔵美)はいちおう東京都だけど、他の私立美大が神奈川県だからってちょっと都会にあるっぽく見えてるだけだよね?いやいや、鷹の台駅前がいちばん何にもねーから!あ、いや…やっぱ相原かも。

と、無駄に造形大と武蔵美を敵に回した気もしますが、上野に降り立って芸大行く途中にもう嫉妬しちゃう。日本の代表です!国から芸術の未来を託されてます!みたいな。やたらかっこつけたスタバとかできてるし!もうねー、あれに比べたら私立美大は収容所。すし詰めのバスに乗って人里離れた場所に運ばれていくという…。



あとなんか芸大の卒展って完成度高すぎて怖い、みたいなのがある。イケメンを避ける女性みたいな心理?よくわからんけど。


芸大の卒展って、あの受験をくぐり抜けてきた猛者たちですから、基本的に技術力が圧倒的ですよね。合格した時点で基本技術が出来上がってて、さらにそれを四年かけて高めてますから、卒展になるともうプロみたいな作品がゴロゴロしてるわけ。当然私立美大にもプロみたいな作品を作る学生はいると思うんだけど、芸大のほうが人数が少ないぶん、そういう作品の比率が高くいの。下手したら商業的な一切を無視している分、プロの作品以上の情熱を感じたりしますからね。

せいぜい20代半ばくらいまでの学生がそんなすごい作品を作ってて、ぎゃくに自分ってなんなん?!っていう気持ちになります。生きてる世界が違う!私は私の世界で生きていきますからそちらはそちらで!っていう。きっと自分が美大受験とかと無関係だったら純粋に楽しむとかできるのかもしれないんですけど、なまじ経験したり知っているからいろいろとね。。。。


コンプレックスを刺激されたのか前置きもだいぶ長くなってしまいました。
作品の感想ですが写真も撮っていないしメモも取っていないので省略!!!おれはここまで書くだけでもいろいろ考えたり思い出すことが多くて疲れた。完。

ICC「ジョン・ウッド&ポール・ハリソン 説明しにくいこともある」



そういえばこんなのも観に行ってた。
かなり前から活動していて、現在の現代美術にも多分に影響を与えているであろうにもかかわらず、いままで彼らのこと全然知りませんでした>_<
己の不勉強を恥じますね>_<
どっかの展示で観たことある作品はあったけれど。


どんな展示か説明しにくいから、観に行ったほうがいいよ(ぶんなげ)。



...いやいや、観に行ける距離ならば観るべき展示だと思いますけどね。まじで。


ICCで個展が行われていることとか興味深かった。あと、こういう映像作品をどうやって観客に飽きずに見せるかっていうところが考えられていて、そういうところも良かった。500円の入場料で、別の日にもう1回無料で見ることができるし、とても親切なつくりの展覧会。2月21日まで。


このくらい手を抜いた記事の方がみんな読んでくれそう。べつに読まれなくてもいいんだけど。
しかしこれでやっとフィリピン帰国後にみた展示はだいたいまとめたぞ...。来月からやっとヨーロッパ旅行のまとめかな...。

Garelly Earth&Salt「Tezzo Suzuki 会議」

もう会期終了してますが、Tezzo Suzuki(鈴木哲生)さんの展示にも行きました。


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予備校講師時代、まだ受験生だった頃の彼の絵を数枚見たことがありますが、当時から並外れた才能の持ち主だったことをはっきりと記憶しています。いわゆる”真面目だったり”上手”な受験生は毎年一定数少なからずいるものですが、予備校生の段階でほぼ完成されたデザインセンスと、それを表現できるだけの技術を持った学生はそれほどいるものではありません。そして彼はそのふたつを持ちわせた類まれなる学生だったと思います。


彼が大学に合格した以降も、たとえば参考作品の片隅に彼の名前を発見したり、職場で個展のDMなどを見かけたりしていたので気になってはいたのですが、じっさいの作品や活動はまったく知りませんでした。それが昨年、ある出来事がきっかけで彼の名前を突如Twitterで見かけるようになり、改めてそのセンスに驚嘆することとなりました。


ある出来事とは、いわずもがなオリンピックエンブレム問題です。デザインのパクり問題で世間が盛んに議論しているころ、彼はすでに自身のウェブサイトである種の解答を提示していました。それはデザインしたものの参照先を提示することです。一般的には無から新しいものを生み出すことがクリエイティブだと思われており、またクリエイター自身も明らかにしてこなかったデザインのブラックボックスのような部分を、彼は成果物と参照先を一緒に掲示することにより、いかにしてそのデザインが生み出されたかということを、オリンピックエンブレム問題以前から着眼し、明らかにしていたのです。





さて展示。行ってびっくり。
会場はカフェに併設されたとても小さい展示スペースでした。そしてその中央には本人が座ってMacで作業しているという。


しかしその小さい展示スペースに反して、展示物が醸し出す情報量は多大なものでした。もしかしたら数倍の展示スペースを誇る銀座グラフィックギャラリーで開催される展示より長居してしまったかもしれません。


会場には最終的に仕上がった状態の展示物というのはあまり展示されておらず、書体研究や制作プロセスがおもに提示されていました。頭ではなくまるで手で試行錯誤するように描かれたスケッチやエスキースは…以前3331で観た、大友克洋の原画展でも感じたことですが…線の一本一本、微妙な歪みなども含めて目を離すことができず、まるで幼いころに昆虫を観察していたときのような気持ちでずっと観ていたいような感覚を味わいました。


このデジタル主体の時代にあって手作業でデザインを生み出していくことの素晴らしさに気づかされるのは当然のこととして、個人的にもっとも興味を惹かれたのはその言語感覚でした。たとえば”会議”という展示名は「仕事をしているとき、頭の中で会議が紛糾しているような状態になる」(パンフより)というところから来ているそうですが、この一文からも非常に魅力的な言葉の感覚をもっていることがわかります。


A3サイズのパンフレットの裏面は手記が掲載されているのですが、それを読むと、物事についてとことんまで自分の言葉で考え抜いており、それはエッセイとしていますぐに本にできるレベルの内容にも感じます。このようなディープな思考と言葉の感覚がありながらもペシミスティックに陥らず、最終的にグラフィックに落とし込めるデザイナーは、決して今の日本に多くはないでしょう。今年のオリジナルカレンダーが売り切れるなどしてすでに若い層を中心にその名が知れ渡りつつありますが、今後のその仕事によって、間違いなく日本のデザインの一端を担うデザイナーになることを確信しております。


惜しむらくは展示会場で本人と話したときたくさん聞きたいことがありすぎて変な質問をしてしまい、最終的に「器用ですねwwww」「はぁ…」 みたいな感じで会話が終わってしまったこと。思い出すだけで死にたい。



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山本現代「今津景展 Repatriation」

今津景氏さんの作品を観るために久しぶりに山本現代へ。


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今津さんは大学の時のちょっとした集まりでの先輩で飲み会などで話したことがあります。たしか多摩美の絵画等のアトリエに行ったり銀座の個展に行ったりもしたかな…。謙虚な姉御肌という印象でたくさんの人から慕われている存在でした。


僕自身は今津さんの卒業後はまったく連絡も取ってなければ顔も合わせていなかったのですが、ここ数年、若手〜中堅のペインター代表として雑誌で名前を見るようになり、その活躍はおのずと知るところとなりました。


とはいえ近年の作品を観る機会はなく、正直に言えば名前は聞けども作品のほうはまったくチェックしておらず、今津さんの絵の印象は当時のままでした。(僕の記憶の中で今津さんの絵はフワーと滲んだような写真のような絵の上に、平面的な鳥が飛んでるやつです。知らない人にはまったく伝わらないと思うけど。)


それがつい数ヶ月前、多摩美術大学80周年記念展絡みの記事かな、美術系の雑誌かニュースかな、とにかくそこで観た作品は当時の記憶とは全く異なっていたのでびっくりしました。なんか中央アジアっぽい像がモチーフになってるし。これ実物どうなってんの?って。名前と作品を三度見くらいしたかな。それで調べてみたら、たしかに本人の絵だった。


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説明はオフィシャルの文章を読んでもらうとして、写実的な描写と、走るような筆の勢いが交差する画面が印象に残ります。視覚的な面白さも技術的な完成度もあるし、好き嫌いは別として同世代の中のペインターとしてはやっぱりかなりの実力派なんじゃないかなー。こう、画家として、試行錯誤しながら作品と真摯に向かい合ってるって感じがする。


受付にあったポートフォリオで過去作品を見ながら、少しづつ作品が変化していっていまのスタイルになっていることが理解できて、画家の作品は人生の軌跡そのものなんだなーって改めて思った。1月30日まで。

永青文庫「春画展」

去年の国内の展示の記録もだいたいまとめ終わって、やーっとヨーロッパの旅行についてまとめられる…と思ったら春画展が残ってました。まだまとめてないよね?もう記憶が曖昧で…。


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なんだこの写真。
この写真1枚しかありませんでした。でもそのおかげで行った記憶を思い出すことができました。ありがとう(永青)文(庫の)春(画展)!このネタを言いたかっただけで特にセンテンスには意味ないです。


これ、フィリピンから帰国した翌々日くらいに訪れました。
Twitterですごく話題になってたし、日本の文化が恋しくなってたから、まず帰国したら春画展観に行こ!って。


永青文庫がどうとか、春画とはなにかとか、そういうのは他のブログ参照してください!
この感想ブログに何かを期待しても無駄。





はい、で、いちばんの感想はですね、これは平日の昼間だからというのも関係があるんですが、観客の年齢層が高かったことです。いわゆる僕の親くらいの、70歳手前の団塊の世代といわれる世代の人たちでしょうか。


会場では、子育てをほとんど終え、生殖機能さえも必要なくなった人々が、食い入るようにガラスの向こうの春画を観ているわけです。その光景にどこか虚しさを覚えてしまいました。もちろん春画自体の技術力や想像力に驚きを感じるんですが、ショーケースの向こう側の、芸術という後ろ盾のある環境で中年たちに奇異の目で鑑賞されるセクシャルな絵…。自分にはどこか受け入れ難いものがありました。


今回の春画展がクレームを恐れてどこの美術館もやりたがらなかったように、ポルノを自主規制しようとする力が強く働いているいっぽうで、春画には興味を示して年配の方が大挙としてやってきては、その芸術性に感心している。なんだか日本の建前みたいなものが透けてみえるような気がして。モヤモヤしたものが残りました。うまく言えてないけど。


作品や展示自体は良いものだったと思います。とても貴重な機会を与えてくれたものだし、これまで印刷でしか見たことなかったから本物を観れて良かったです。でも春画っていうか、ああいうものは若干の背徳感みたいなものを感じながら人知れずこっそりみるからいいんであって、ああやって大衆がいるなかで美術作品として見てしまう時点で失っているものがデカすぎるんじゃないかと思います。春画展に訪れた高齢の人たちは、どれだけコンビニの雑誌コーナーの端っこにある、テープで留められた成人向け漫画雑誌に興味を持つだろうか。みたいなことを考えてしまいました。