無題

先日、多摩美術大学グラフィックデザイン学科の元教授である佐藤晃一氏の訃報を聞いた。多摩美を退職されたのはつい1,2年ほど前のことだったはずで、あまりに突然の訃報に驚いてしまった。





グラフィックデザイン学科を象徴する先生だったと思う。

自分が学生だったころからグラフィックデザイン学科に在籍する学生はことあるごとに「佐藤先生が〜」という言葉を口にするので、他科の学生は、たとえ彼のことを知らなかったとしても、自然と名前を覚えてしまうくらいだった。

自分はグラフィックデザイン学科ではなかったので、学生としては大学院時代にグラフィックデザイン概論という授業で何度か講義を聞いたくらいしか接点がない。それでも独特の口調で発せられる率直で切れ味のある言葉と、グラフィックデザインに対するぶれない考え方、そしてたまに見せる茶目っ気は魅力的で、グラフィックデザイン学科の学生たちが、デザイナーとして、そして教育者としても彼を尊敬するのはじゅうぶんに頷ける話だった。





私は彼に対して学生というよりも、予備校講師として接したほうが多く、そして記憶に残っている。

佐藤氏が多摩美の教授になってからの20年間でゆるやかにグラフィックデザイン学科の色彩構成の傾向は変わっていった。

端的に言えばそれまでのイラストレーションのような色数と手数の世界から、色彩と構成をシンプルにまとめたものへと変化していったのだ。手数勝負ではなくなったぶん、求められるアイデアと作業精度のクオリティも高くなっていった。2003年からは文字に対する感覚を見極めるため、見本の書体を与え、レタリングを課すようにもなった。それは一般的な高校生が考えうるグラフィックデザインの価値観のレベルを超えている、高度で挑戦的な入試問題だった。

グラフィックデザイン学科出身ではない私が、グラフィックデザイン学科への進学を希望する学生へ向けて受験対策を考えるとき、彼の言葉をほとんど唯一の手掛かりとしてグラフィックデザインというものにアプローチしていったと言っても過言ではない。毎年彼が中心となって多摩美のグラフィックデザイン学科の色彩構成の入試問題を考えていることを考慮すれば、それは必然的なことだった。

多摩美で行われる入試説明会ともなれば、彼の登壇する入試説明会に足を運び、作品の評価につながりそうな言葉を逐一メモして何度も読み返したものだし、個別相談会では予備校で指導している学生とともに彼が座っている列に並び、一緒に講評を受けたこともあった。グラフィックデザイン学科出身の講師からは「毎年同じことを言っている」という意見を聞くこともあったが、目の前の作品が、彼の目にはどう映っているかを聞くことはやはり刺激的で勉強になった。

ときに自分の価値観とはまったく合わない評価をすることも含めて、佐藤晃一先生からは平面デザインの見方、そして創作者としての哲学を勉強させてもらったと思う。多摩美のグラフィックデザイン学科出身でもなく、直接作品の指導を受けたこともない自分がこういう文章を書くのは非常に恐れ多いことなのだが、予備校講師時代、10年以上にわたって毎年のように受験に関してのお話を伺わせてもらっており、その記憶を書き記しておきたいと思った次第、お許し願いたい。佐藤晃一先生のご冥福を祈る。







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