展示
銀座のメゾンエルメスで上記の展覧会をみてきた。
メゾンエルメスはとても好きな空間で訪れるたびホッとする。
メゾンエルメスはアートがなんであるかを知っている。
休日に家族や恋人となにかのついでにフラッと訪れ、目の前の作品について何かを語りあい、リッチな空間で少しだけ知的な気分を味わう。
魂を揺さぶられることはないが、アートの役割を知っているように思える。
メゾンエルメスは天井が高く自然光がたっぷりとはいる。
とてもオシャレなので、そこにペヤングソース焼きそばがひっくり返っていてもそれがアートにみえてしまう空間だ。
エルメスが「どうですか、これがアートです」とお膳立てをしているから鑑賞者は「なぜこれがアートなの」というアメリア・アレナスのような疑問を持つ必要がないのだ。エルメスによってそこにあるものはすでにアート認定されているから鑑賞者は安心して観賞できる。
(エルメスというブランドになにも価値を感じない人にとってはそうは思わないのかもしれないが。)
今回の展示も、これが美術館の閉鎖的なホワイトキューブだったら挑発的または説教的にもみえるのだろうが、あの空間にあったことで落ち着いてみることができたのだと思う。作品自体については、色がキレイだったり、面白い見せ方だったり、ああ現代アートだなって。現代アートの展示はこのくらいの見せ方と規模でいい。
あとで書き足すかも。
2012年1月13日 11:58 AM|
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先日、東京都国立近代美術館で「ぬぐ絵画」を見てきた(1月15日まで)。
裸の絵画を集めた展覧会。
いちばん記憶に残ったのが安井曾太郎の木炭デッサン。
予備校生の頃、安井曾太郎の人物デッサン集みて「すげーな、どうやったらこんなん描けるんだろうな」って思ってた。
当時は眼前の作品対して「すごい」「上手」という見方しかしておらず、「なぜ作家はそのように描けるのか」「なぜ鑑賞者はそのように見えるのか」「なにが優れているのか」…そういった疑問を持つことはほとんどなかった。
いまは教える立場になって、テクニックとしてある程度は理解できる部分もある。
たとえば背景とモチーフのキワの明度対比だったり、はっきりした輪郭線とぼやけた輪郭線のキメかたの違いなど。
ただその観察眼はやはりテクニックでは説明できないというか、浪人の頃から比べれば色々な作品もみてきたけれど、それでもいまなお感動してしまう。光と空間の捉え方、細部の省略の仕方はやはりいまでも「どうやったらこんな…」と思わずにはいられない。
さいきん村上隆がオマージュ作品を制作したことでも知られる黒田清輝《智・感・情》、これは不思議な絵だった。
絵の横に解説があってより楽しめた。
キャプションの作りや解説文が全体的にそこまで作り込まれていなくて良かった。
なんか気楽にみることができたような気がする。
2012年1月12日 11:56 AM|
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G8で「野田凪展」、gggで「100gggBooks 100Graphic Designers」をみてきた。
(「野田凪展」は11/18まで。「100gggBooks…」は会期終了)
ggg「100gggBooks…」はノダナギ展のついでに行っておこうと思っただけだった。
事前に入手したフライヤーをみると、著名なデザイナーの名前はたくさん書いてあれど寄せ集め的な雑然とした展示なんだろうなと。
それにgggBooks刊行100号を記念した、いわば販売促進のための展示だと思っていたから、そこまで期待はしていなかった。
実際に足を運んでみると、会場は予想よりもだいぶスッキリとまとめられていた。
(スッキリといってもいつものgggみたいな感じです。)
月並みな感想ですが、有名なポスターが一同にみることができて良かった。
会場には数台iPadがおかれていて、それにはgggBooksの電子書籍版がダウンロードされていた。
展示用として特別に電子書籍化してるのかと思ったら、どうやら電子書籍版を販売し始めたらしい。
電子書籍版は1冊500円ということで、ふつうの書籍版にくらべればかなり割安。
いままでgggBooksは値段の割に内容に乏しく割高だと感じていたので、ダウンロードした端末でしか閲覧できないというデメリットはあるにせよ、気に入った作家を10人ぶん購入しても5000円で済むのなら許せる範囲かな…?
講師がiPadにgggBooksをダウンロードして指導したら超オシャレじゃね?みたいな。
(でもダウンロードした端末でしか読めないっていうのは、端末がダメになったら読めなくなるのかな?ちょっとよくわからない)
gggBooksのような、そもそもがアーカイブ目的の書籍ならこういったデータ化は合理的ですよね。検索しやすい。
ぎゃくに、ペラペラめくってインスピレーションを期待するなら、いままでみたいな紙の書籍のほうがいいのかなあとか。
予備校でみているとさいきんはケータイやiPodに資料のデータをいれて持ってくる学生が多い。
使いたい資料をピンポイントで持ってくるなら良いんだけど、やっぱデジタルデータはランダムアクセスしにくいところがクリエイティブじゃないのかなー、とか。やっぱ紙のほうが、ある程度のおおきさでザーッと全体を見渡すのには便利なんだよね。
でもこのさき10年後20年後、これまで紙媒体が担ってきた本という分野のデジタルとアナログの棲み分けはどうなっていくのか興味あるし、いまこの文章書きながら、もはや「紙の書籍」という言い方をする時代が来てしまったのかと感慨深い。
時代についていかなければならないということで、職場の経費でiPadとgggBooks全部買ってくれないかな。
それで多摩美やムサビも、入学者優秀作品とか全部デジタルデータ化しちゃえばいいんだ。そうすればいちいち重いファイルや本を持ち歩く必要がなくなるし、大学も経費が削減できるのに。
字数が増えたのでノダナギ展は次回。
2011年11月3日 11:52 AM|
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フィリップワイズベッカーの絵を観てきた。
先々週末は乃木坂のギャラリー・アートアンリミテッド。先週末は学芸大学のギャラリークラスカで。
(どちらも会期終了)
グラフィックデザイン系の人たちがTwitter上で話題にしてたので「ワイズベッカーってどんなんだろ?」と思って検索してみたら、幾度か雑誌などでみたことのある絵だった。
ちょこっとネットで調べてみると「イラストレーター」と紹介されていた。
作風を観る限り「アーティストか画家かな」と思っていた。
「イラストレーター」と名乗ることと「画家」と名乗ることにどこまで差があるのかどうかわからないけれど、あの絵はイラストとして描かれているんだと思うとちょっと意外な気がした。
ワイズベッカーの絵はとても可愛くてオシャレだった。写真で見ると黒地に白い線で描いているように見えたのが、近づいて見ると紙白を残すように黒で塗りつぶしてあったのが印象的だった。
でも、あのパースのゆがみ、線のいびつさ、汚した画面、鉛筆の線の跡、すべて意図的にやっているのかと考えると狡猾的に思えてくる。
昔は東京芸大デザイン科の色彩構成において、表現的な絵も評価される時代だった。
現在は着実な描写力が評価されるけれど、10年ほど前は油絵のようにモデリングペーストでゴテゴテに盛った、いわゆる「アジ」のある絵が流行っていた。石膏デッサンにしても、現在では合格しないような黒くて勢いのある絵もある程度評価される傾向にあったと思う。
自分はそういう時代に受験生だったので「作品が完成したあと画面の余白をキレイに消すよりも、少し汚したままのほうが良いこともある」と講師に言われたり、「絵の具を全面に塗って乾かしたあと濡れたタオルで拭き取って下地をつくる」「モデリングペーストをヤスリでかける」など、あえて画面を汚すことを教えられていた(別にそれだけが主流というわけでもなく、普通に描写中心の絵もありました)。
ワイズベッカーの絵は好きだし、知名度の割には比較的買いやすい価格(10万弱〜20万円)なのでちょっと欲しいなとも思ってしまうんだけど、あの「完成度の高いユルさ」に作家の計算を感じすぎてしまってちょっと息が詰まる部分もあるなと思った。作家の顔が見えそうで、むしろまったく見えない。秋山孝なんかもそうだけど。
ちなみにギャラリー・アートアンリミテッドはメトロの出口の目の前なのに10分以上彷徨いました。
あと学芸大学のクラスカに初めて行ったんだけど、すごく良かったです。ショップやラウンジが広々としていて、そこまで人が多くないのでリラックスできた。メインは古いホテルをリノベーションしたデザイナーズホテル。そこまで高価というわけでもないので一度泊まってみたいです。
2011年10月26日 10:58 AM|
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